🟣夏到来!過激競演!杉本彩VS.唯VS.南野&杉山清貴(新聞ラテ欄)
番組のトーク時間が、この年の4月からテーブルと椅子がセットされるようになって、大きく雰囲気が変わりました。ナンノさんのお母さんのキッチンでの鼻歌と年齢の話が聞けました。この日新曲リリースでしたが、感知する限りではTV最後の披露で、音楽番組の減少と翌月『へんなの!!』の継続リリースもあったためと思います。
🔵CHAPTER
⚪00:00 1990年6月1日
⚪00:10 このあと
⚪00:25 オープニング
⚪03:42 トーク・浅香唯
⚪06:20 歌『ボーイフレンドをつくろう』
⚪10:28 トーク
⚪14:08 歌『ダブルゲーム』
⚪16:48 エンディング
🟢UPDATE
⚪再キャプチャー/リマスターVer.1.3
⚪歌音声パート/オリジナルのステレオ音声に修正
⚪再編集/唯ちゃんパート追加
⚪動画を置換/前動画のコメントをコピペ掲載
🟠ダブルゲーム/南野陽子
⚪作詞:荒木とよひさ 作曲:三木たかし 編曲:若草恵
⚪① 1990年4月25日(動画無し)
⚪② 1990年5月30日
⚪③ 1990年6月1日 <—この動画
🟠ボーイフレンドをつくろう/浅香唯
⚪作詞:麻生圭子 作曲:羽田一郎 編曲:井上鑑
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🟡編集後記
番組リニューアルで思いました。1989年から1990年の各音楽番組が次々終焉する中で、この番組が継続した理由がありました。
~Wikipedia から抜粋~
関口からタモリに総合司会交代後も、1989年の放送回では二桁を記録した回が6回のみと低空飛行が続いた。1989年に入ると、音楽自体の多様化に拍車がかかり、『ザ・ベストテン』、『歌のトップテン』が相次いで終了し、1990年に『夜のヒットスタジオ』が終わるも、ゴールデン・プライムタイムで唯一の歌番組として継続した。その理由について、新聞記事のインタビューで当時の三倉文宏プロデューサーは、「歌番組には、セット作りや照明など、独特のノウハウが必要。一度絶やしてしまうと次の体制づくりが大変なので、できるだけ続けようという社内的コンセンサスがあった」と答え、同じく山本たかおプロデューサーは「10代、20代にターゲットを絞った」ことが続いた理由と語っている。
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<南野陽子さん応援コンテンツです>
南野陽子さんのアイドル時代の活躍を知るには、パッケージ化されている映像や音楽だけでなく、当時のタイムリーな話題を豊富に含んだコンテンツが大切だと思いました。唯一無二の彼女の魅力を伝えていきたいと考えてます。
<何といっても番組の映像権利は放送局にあります>
30年以上も前に時間とお金と手間をかけて苦労して録りためたビデオテープは個人の所有ですが、番組の映像権利は放送局にあります。この権利は強力で、申告によりYouTubeでは容赦なく該当動画が削除になり、警告1のペナルティがつきます。そして警告3でアカウント停止という命取りのような大変厳しい処分が待ち構えます。
<登録されたContent IDの範疇で公開が許可されているだけです>
YouTubeでの音楽は、ブロックだけではなく、収益化の制限の条件をつけて公開できるようになってきてます。JASRACと包括契約していることも大きくて、これは画期的なことだと思います。
やがては過去番組の映像についても登録が促進して、ブロックの対象になるかもしれません。音楽のように制限をつけて公開できるようになるでしょうか。いずれにしても番組は制作した放送局が本質の権利を有してます。
現状で番組の一部映像が公開できていることは、一時的な幸いに過ぎず、放送局サイドの大らかな姿勢に感謝すべきことだと思います。
<収益や営利を目的にしません>
YouTubeには、古いTV番組などからの切り取り動画も多くあって、このメディアに華を添えている一面も垣間見れますが、権利者の方々にとっても悩みの種であることも確かだと思います。ブラウン管TVとVHSやベータのビデオカセットの時代の古い映像に限定して、拝借させていただいてます。
<ウォーターマーク>
YouTubeに編集加工して公開するにあたり、出所を明確にしておく責任があると思いました。その印とすべく、映像にチャンネル名を入れたマークを透過して挿入することにしました。