南野陽子 大石吾朗 Premium G 2025 07 20日

南野陽子 大石吾朗 Premium G 2025 07 20日



南野陽子 大石吾朗 Premium G 2025 07 20日

さて、え、この番組では毎週プレミアムなゲストを迎えてということで、え、先週に続いて今週も俳優で歌手の南の洋子さん迎えました。よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 初めて先週お話行こうするようになったんですけど はい。 こんなにあの開けた方っていうかもうなんか色々喋ってくれる人とは思わなかったんで ラッキーだね。 ラッキー。ラッキー。 ずっとラジオ聞いてた身としてはい。テンション上がっております。はい。あ、 ありがとうございます。 よろしくお願いします。そう、80 年代後半のトップアイドルですよ。え、歌詞としては A がスケバでか次第か楽園のドアからですね、それから話しかけたかったから原さんが通る 1位になったのが うん。 究極すごいす ごいんですよ。こんなのなかなかないよね。 うん。 これ自分でこうやってランク 1111 って続いてる自分を見てどんな感じだったんですか? はい。今はうん。 ああ、良かったなって思いますけど、当時は 自でした。 うん。え、なんで なん、あ、ま、もう下がるしかないっていう風にも思ったし、あとランキング番組とかだと後になると こうちっちゃい子とかテレビで見れないなって思って だったら8 位とか9位とかの方がいいなあと思う。 確かにもう9時とかになってくから1 位だとね。 そう。 うん。放送時間をね、早めにちょっとランク下の方のがいいなてことになる。思ってました。なんか早く寝なさい寝なさいてずっと言われてきたんでちっちゃい頃テレビの前で だからうん。 早めに早ってくれないかなって思ってたんで。 ええ、初めてね、聞きましたね。でも面白い。 みんな1位になりたいんです。 ええね。でももうね、今ね、そうなれなんかしてくださったおかげで こうやって続けられてるんだなとも思ってます。 でも大変なことですよ。 レコード会社のおかげ でもすごく歌ってるとこう 援体みたいなのが ああ、そうですね。コールとかね、よこちゃんとか LOVとかなんかそういうのも そうはい。だからもうよ子さんの声があんま聞こえないんですよ。その人たちの声で。 私も自分の歌の声とか聞こえないからちょっと遅れるずれるっていうか。はい。 ああ、そうなんですね。え、ではですね、 1988年、え、の曲になります。南洋子 さんの問でネット。え、先週今週ゲスト南 のよ洋子さんの歌声。こちらは1988年 の、え、11枚目のシングルになります。 V伝 まあねどっかのリゾートかなんか言ってさ、波の音がこう聞こえるとこでこれかかってきたらさ、思わずこうステップを取りたくなるような これ歌う時やっぱステップでこう歌べてあの一応あのサ馬のね踏んでたんですけど最近はあんまり足がこう浮かないというか 下で擦すってる感じすり足でやってます。 すり足であまり動かさないように はい。 消費量をあまり出さないようにして 分かりますね。 分かった。わかっていただき ね。もうなるべくね、なんべく抑えてください。酸を出さないように。 そう、そう、そう、そうね。でもこれノりいいな。好きだな、この曲 ねえ。 なんかちょっと変わった音が入ってた。と ね、あの、スチルドラムとかマリバ色々ね、ちょっとリゾートっぽい感じっていうかね、やっぱサ馬のリズムではい。昔はちょっとね、あの時代が贅沢な時代だ。 80年代後半ね、バブルに向かう。 だからあの海外レコーディングとかでね、私は日本で録音するんですけど。 連れてくれなかったんですか? さんとかは皆さんはい。 だからだから生き生きしてんじゃないですか。やっぱり音楽がけてますね。 はけてる。 そんな南野さん、まあとにかくね、人気すごくってあそこのブロマイド屋さんかな?上野の上野ね。 え、ブロマイド売上4年連続1 これこれも済むんじゃないですか ね。ありがたいですね。うん。 でも何種類もこう取ってるでしょ、ブロマイド。 うん。 なんかね、ブロイドで取った記憶はないんですけど、ま、いろんな、ま、雑誌とかそういうのでこう、もう合動で撮ってたような時代だったんですよ。なんか 1 箇所なんかどっか地方というかね、場所に行って、こっからこの時間はマガジンさんとか明城さん、平凡さんみたいなので、だから いつ撮ったんだろうなっていうのがちょっと思い出せないんですけどはい。写真はたくさん撮りました。 うん。そうなのね。そん中に紛れ込んでたのね、バさんが。 それからね、切っ手の話ですけど、 ああ、はい。 これ仮の島にグラナダが発行する世界のスター切って、これに日本人として初めて選ばれたのが南の裕子さんなのよ。 だって世界的なスターばっかり並んでんのよ。ティナーターナーとかエルトンジョンとかブルーススプリングスティンとか その中にポツト 南子だきますね。 すごい でもね、そのどこに出すんだって話ですね。 この木ってね、 もったいなくて使えないですね。 まず使うないですよね。うん。なん ね、何円じゃないから ないね。 そうだよね。グランナ切ってもね。 いくらだかよくわかんないんですけども。 うん。ありがたいです。はい。 ねえ、だからでもそれだけ注目を浴びさんそれがなかったらこれはないのでね。 うん。 グラナ公園とか行った ないですと本当に。うん。 うっすらどこにあるかもうっすらなぐらいな感じで 行ったことねえやみたいな ないんですけどはい その国でだからね いいですね すごいね時期すごいそういった意見でもすごい人気だったんでラジオでもレギュラー番組担当されてましたねと あれは日本放送でしたけども えの洋子何のこれ式 はいラジオやってました ダジャレ好きだね何のこれ式ね うんね何のって 3歳から言われてるんですけどだから割と なんかタイトルとかはい。 割と言葉としては使いやすいのかなと思う。うん。そうですね。 うん。どうだった?ラジオ経験してみて。 うーん。楽しかったですね。あのお芝居とも歌とも違う自分だしさが出るはい。 感じだったんで。 これは関西弁でやったの?そうじゃ。 関西弁の時もありましたし。ていうかだ本音割と語る番組だったんで、ま、喋ってるうちにちょっと出る時もあった。 と思いますし。 うん。ラジオってやっぱりその自分が出た方が、あ、なんか面白いっていうか、 1 番お客さんに喜ばれるからね。 うん。そうですね。 うん。 これなんかテーマをこれにするとかってなんかやってたんですか? テーマはですね、大体あのわですね。当時 わ、わてはい。あの厚生作家さんがタイトルだけをね、なんかコーナー 3 つぐらいタイトルだけを書いてくれてかこ 4分とかかこ 8分とか書いてあってあは埋めなさい。 みたいな番組だったんです。 うん。うん。うん。 なんで毎回大変は大変でした。 うん。 で、だから始まる前にあの 1時間ぐらい 昨日こんな人がいたとか 言われたとかテレビ見たとか 何々食べたとかっていうのを一応話してて、あ、じゃあそれ喋ってみたいなんで、えみたいなんでそら本番が始まって なんかその食べたものとか うん。 そしたの? そう。はがき読みながら うん。 うん。どうだろうね一緒になんかこう無言で悩むみたいな。 やっぱね、当時おはがきですもんね。 そう。おはきです。はがきの時代です。 うん。 日本そのことは大質かもしれないね。それね。 そうですね。あの時代のはい。本域はあったと思う。 実ね、そのコップポップと同時にっていうか、前たさ、ちょっと忘れましたけど、桃えちゃんと 2 人でやった番組があってね、それはそういう風に紙にね、挨拶、はがき、曲タイトル、はがき、曲タイトル、あ、終わりの締めの挨拶とかってそれしか書いてないのがてありました。 そうなんです。だからそんなもんだと思ってるから。 うん。はい。はい。 じゃ、ちょっとあまりなんか台本的にされちゃうとそうそうあげる時間ないのかなみたいな。 うん。でも自由にできますよね。そ いでもそのおかげで私は本当に話が脱戦する。 でも多分それが聞きたいんですよね。 本当に脱してなんだっけ?何聞かれてましたっけみたいになることがすごく多いですけど でも本当に私も本当に小学校の高学年ぐらいからラジオっていうのをみんな聞いてた時代だったんですよ ね。やっぱり勉強っていうか、ま、しながらずっとラジオはついていてっていう うん。 時代だったんで、で、その時代の、ま、喋ってる、ま、ね、ま、おさんのかの音楽の新しい情報もそうだしで、なんか話とかもろんな人聞いて、 なんか学んだところはあります。 うん。今ね、彼女もね、あの、自分の番組持ってやってるんですけど、まだ始まったばっかなんですよ。うん。 あの、何時、6 時間生放送やってるんですけど。 しんど、 しんど。 すごい。 ま、私もだから自分で現稿書いてるのですごくわかります。 うん。大変だよね。6時間ね、喋んのね。 でもね、すごいですね、それはね。 ね、になるし、みんなに伝わるわ。 色々漢字も覚えられるし。 さて、え、南皆さんがね、え、そうやっていろんなことやってきましたけども、我る俳優としてもね、活躍をしていったっていう、そういう時代でもあるんですけども、 90 年代主に俳優としての活躍のが多くなりました。 歌は何年ぐらい見てた? 歌はですね、デビューから本当 45 年ぐらいだけで本当に私なんかもう昭和が終わった時点で うん。 あ、じ合は終わったって本当に自分で思ったんです。 あれな、なんでそうなっちゃった? なんとなくなんとなく もうなんか歌番組とかも減りつあったし。 確かに。 うん。 って言ったらなんかそうなんだなあってこれからもうちょっと違う時代になるんだなって本当に感じたので うん。 で、ま、お芝居の方にね、 いずれはなっていくのかなと思ってたんで、だったら今かなっていう風に自分で思ったりもしました。 うん。 これ役どとしては、ま、スケ板とは違う役がね、当然のことから入ってくるわけですけども、 どういう役が自分に合うとか合わないとかってあったんですか? あ、私ね、多分職業で言うと本当いろんな役、職業の役をやらせても作品で言うと 300 弱ぐらいはやってきてるんですけどは。 何でもやですね。うん。 で、そ、だからアイドル自体何でもやだって私ね、ちょっと今言うと 違うよって言われちゃうかもしれないですけど。 うん。芝ラオ発するあるやってて言われたら自分でできることは何でも入ってやっていこうと思っていたので うん。 で、お芝居の役ももう本と看護婦さんとかあのわゆる時代だったら芸者さんとかそういうのもあったしあとこう男に紛争してる役とかもあれば弁護士さんもお医者さんも本当色々やってきてるんでうん。うん。 うん。 次何くんの?妖怪の役とかわかんないけど。 今ね、そういうのも流行ってましたね。なんかね、 そう、なんかもう、もうね、何でもはい。最初があの、手面かぶってるんで、あんまり役に抵抗ないんです。はい。 ああ、 そんな人いませんとか絶対言わないで。 うん。はい。見てみたいですね。ちょっと洋子さんの妖怪姿もはい。 はい。 あれ何でしたっけね?日本アカデミー賞の優秀主演所。 えっと、私は缶つ履きっていう作品と私を抱いてそしてキスしててエとかのね、ちょっとそういったこう病気のはい話。 こういった賞をもらった時って自分としてはどんな感じでした? いや、運が良かったのとみさんがなんとかこう南のにっていう風にこう押し上げていただいたんだっていうのでそう嬉しかったですけどね。 うん。うん。 やっぱ作品との巡り合いもありますもんね。 そうですね。 やっぱ、えっと、文芸作品宮子さんの缶つきとかもそうだし で、それは西田俊さんがね、お相手だったっていうかね。はい。 あ、そうなんだ。 嬉しかったし。で、エズノもなんかそのちょっと社会的にこれからちょっとその 病のことも知りたいみたいな時期だったんで はい。良かったなと思う。それでもそうやって賞をだくってことによって周りの見方っていうかオファーとかって変わってきましたか? どうだろう?変わうん。 うん。変わったのかな?でも、ま、そこ、そこがまずちょっともう変わったところにあったんで うん。 なんか、ま、学生とかそういったものよりはもうちょっと大人な世界に入っていけたんではい。うん。ま、お芝居も色々あってね、映画とテレビとのドラマとね、か舞台もあるんですけども、舞台もやられ はい。私舞台も番より前に舞台だったんですよね。だから本当にデビューして次の月は日世劇場 1ヶ月っていう感じだったん。 若草物語っていう なんで割と本当にお芝居場の方が うん。 自分は居心地が良くて、ま、時間かけて作るっていうのもあるんですけど。 うん。 そっか。そうです。でも嫌です。 うん。 なんでもや。で、 舞台はね、年々疲れるから大変だな。ま、若いういいんですけど。 うん。そうですね。でもなんか好きですね。やっぱり毎回違う感じで。うん。 お稽古してるなんか仲も楽しいですね。 そうですね。 うん。 チームだよね。そうですね。うん。 さて、そうやって仕事の話ばっかじゃなくて、わゆるリフレッシュするっていうか趣味。 うん。私昔はもう趣味だったんですけど、ま、年齢と共にちょっとこう将来のことを考えて歩いとかなあかんなっていうことで、足越しのためにちょっと登山とかをね、 あ、してたりします。 やっぱ山登りとかされてるってかのもあって、お肌もすごい綺麗。 いや、でもね、あの、 34 日前もね、登ってましたけど、こういう日焼けが ああ ね、もっと大変みたいな。 でもすごい色も白いし いやいや、白くないんですよ。もう本当にね、朝だでね、ずルズルでね、ノーメイクでな、登ってってますけどうん。 とか、あとお米がご飯が好きなんで、あの、田ぼやってます。はい。 ええ、あ、 お米作りしてて、 えっと、今年4 年目ではい。春植えましたけど、 自分でこうやって、 そうですね。手で植えてのもあるし、機械でもやってますけど、もちろん管理はあの京都のマズ鶴ルあ、マイズル ていうところでさせてもらってるんで、そちらの方があの、そちらにお住まいのもう方が管理はしてくださってるんですけど。 うん。それでか、あの、毎、そうです。そうなんです。 そういうので、えっと、 4 年目になるんで、あの、マズ鶴の人が本当いい人たちばっかりだったんです。そこの田望の人たちが。だから、あの、作曲家と仲間とも一緒にやってるので、 あの、 歌作ろうよって言って、で、曲で私は塩を描いてってマイズロをイメージして書いたで、そういうとこからじゃあ新大使にって言って あ、本当ね。 はい。もうあの持ち込みで新大使が決まったような感じです。 勝手に勝手に歌作りましたって。そうで勝手に作ったって言ってこれをね、あの自衛隊の人が演奏してくれたらなってちょっと呟いたんです。 ツイートしたんです。そしたら あ、やりますよって言っていただいて、あのマイズルの会場自衛隊の人が演奏してくれて ええ、すごい。 はい。じゃあ言ってみるもんない。 はい。 そう。お米って名前あるんですか? お米ですか?何の前とか あのね、今までえっと費用っていうタイトルの曲だったんで、えっと費用っていうタイトルだったり、故郷納税にはそれで出してたんですけど、今年はちょっと違う名前をでね、なんかまたパッケージ考えないとなって思ったり。 何の前とかにはしない。 あ、でもなんかそんな感じになってくると思います。うん。 へえ。食べてみたいですね。 ね。ちょっと今お米が皆さんね、 大事だ。大事だと言って時なのではい。 天があれなければいいなって。 いや、でもこの暑さんだからちょっと心配。 うん。 ちょっと心配は心配なんですね。 ああ、ま、いいコメができるといいよね。ね。 はい。うん。 それがあれでしたね。神戸の小員大学院教授に はい。そうなんです。私に何ができるんだって思い思うんですけど、まね、あの内容の難しいことはもうちゃんとしたね、先生方が教えてくださればいいと思うんで、あの私はそことそこをつぐ間ぐらいの感じ。 先生でもなく親でもなくこう出会う大人の人とちょっと先輩っていうことで いざ自分たちがそれぞれ学んだ仕事場にどうやってつくかとか うん。 そのついた時にどういう風にこう人と向き合っていくかとか考えていくかみたいなことができればいいなと思ってますね。うん。うん。 で、昨年か23年日本カンボジア有効関係 70 周年新前大使に受職されたっていう。これはきっかけ何だったんですか? きっかけはあの24 時間テレビねで、え、大昔あのチャリティパーソナリティとしてカンボジアとかタとかベトナムをレポートしてたんですけどで、当時、え、行った個人員のね、女の子たちと 今も繋がりがあるんです。だから 10代だった子がもう 50近くになってるんですけど。 で、あの、じゃあ新しにって言ってくださったんですけど、 またその子たちと一緒にね、一緒に日本とカンボジア、あとはもっと違う国でもなんかそう言った 子供たちのことをね、思って何かできればなと思ってます。うん。 うん。 特にこういうのって何をやったらいいの?僕なんかは何すんのかな? もう企業の人に頑張ってあのお金を出していただいてはい。 はい。ちゃんとね、 いいように使っていただきたいと思います。はい。それはちゃんと私があのくださいって言いに行きます。はい。あ、 はい。 言うのと管理とはい。そういうのを見守って ああね、いろんなことやるってびっくりしちゃうんだよね。ね。 スケ番じゃないよね。このね、 そう怖いよ。怒ったら怖いよ。 怖いよ。 さあ、え、そんなわけで来ていただきましたさん。え、 3枚組のアナログレコード。 え、洋子南の4アニバーサリーレコード。 これが7月の23日。 はい。 ね、 あの、昔のシングル曲とかね、あと最近のもありますけどはい。レコードなんで、 レコードなんです。 あの、プレイヤーがないって人は、あの、ジャケット飾ってくださいみたい。 そうですね。ジャケットけ買えもね。素晴らしい。 はい。 がたくさんでございます。 これやっぱりさ、昔さ、ジャケット楽しみで買ったところもあるからね。 そうなんです。そう、今ね、なかなか配信とかだとそういうわけにはいかないけれど、 あの、歌詞とかも書いてあるんでね。見ながら。 あ、そうですね。 とやっぱ針で落としたその音がね、やっぱりいいですよね。 ま、今私もプレイヤーないんであれですけど。 はい。じゃけど飾るものだとはい。飾るものですよ、皆さん。 はい。 え、レコード針落として聞いてみるってのもいいんじゃないかなと思います。さて、そんなわけで、えっと、洋子南の 4 ティアニバーサリーオールズ楽園のドアということで、 え、コンサートツアーが始まります。 7 月の27日が東京NHK ホールから全国ご年市ということで はい。 ね、7月の31 日になると福岡国際会議場です。で、 8月の9日、10日、これがNHK 大阪ホール。それから8月の16 日が、え、ニッテラ日本特殊工業市民会館ビレッジホール。 それから8月の23日が電力ホール、 8 月26日がラインキューブ渋谷。 渋谷公開たね。昔のはね。 それから9月の21日はJ コムホール八王子。 はい。 さあ、どんな感じにいつですかね?このコンサートをね。楽しみだな ねえ。張り切りたいと思います。 はい。 衣装も当時のままということなので。 うん。そうだよね。やっぱりね、当時の衣装で来てで、あの、イントロ流れたらね、その当時にパーンとみんな戻っちゃうから。 うん。 え、コンサートの施工を祈ります。 ありがとうございます。頑張ります。頑張ってください。 頑張ってください。 で、2 週当たっておいでいただいた南の洋子さん。え、先週私が長く付き合ってるワミネさんからプレゼントさせてもらいました。こったまです。 はい。はい。先週南の洋子さんにプレゼントをさせていただいたのはワミレスコスメティックスさんのバイオサポートです。 こちらのバイオサポートは約 70 種類の栄養素を含んだベースサプリメントです。素材は全てこだわりの天然素材。発売から 25 年以上多くの方に愛用されている商品です。是非ご利用ください。 よろしくお願いします。 ありがとうございます。 さて、最後の曲ですけども はい。 これはね、絶対聞きたいのよ。 もう南野さんが塩。 いや、 COっていうよりね、ただのメモです。 とんでもございません。 いや、本ん当そうなんですよ。 え、で、しかも作曲とアレンジが三んですから。そうです。はい。 で、16 年ぶりに発表した新曲っていうことで、これが 2022年ですかね。 え、23 枚目のシングルになるんですけども、 これ今回あのわゆる出すシーズンズ何のセレクション?これに入ってるんだよね。 入ってます。はい。それに入ってます。はい。 ね、これどういう感じの曲ですか? これは、ま、いい時もあれば悪い時もあるし、まあ、なんとなくでいいんじゃないっていう、そういう軽歌です。はい。 なんとなくねいんじゃないって。生きてりゃいいんじゃないっていう。うん。あ、そうだね。 子さんの思いがいっぱい詰まったですね。はい。 そうね。 はい。では、え、2 週間、あと本当にありがとうございました。この曲です。 え、南の洋子さんの空を見上げてこの曲を聞きながらお別れします。ありがとうございました。 どうもありがとうございました。Ja.

コミュニティFM 大石吾朗 Premium G 2025.07.20(日)にゲスト出演  
曲はカットしています。