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熱中時代 Ⅱ 第1話 「帰って来た熱中先生」【人気テレビシリーズ】FULL HD #1080

熱中時代

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曖昧さ回避 この項目では、学園ドラマについて説明しています。刑事ドラマについては「熱中時代・刑事編」をご覧ください。
熱中時代
ジャンル テレビドラマ
脚本 布勢博一
松原敏春
桃井章
大和屋竺
森崎東
演出 田中知己
吉野洋
梅谷茂
矢野義幸
出演者 水谷豊
製作
制作 日本テレビ
放送
放送国・地域 日本の旗 日本
第1シリーズ
プロデューサー 清水欣也
永野保徳
出演者 志穂美悦子
音無美紀子
小倉一郎
オープニング 原田潤
「ぼくの先生はフィーバー」
放送期間 1978年10月6日 – 1979年3月30日
放送時間 金曜日21:00 – 21:54
放送枠 金曜劇場 (日本テレビ)
放送分 54分
回数 26
第2シリーズ
プロデューサー 高野幹夫
永野保徳
出演者 高田早苗
秋野太作
木内みどり
山口いづみ
オープニング 水谷豊
「やさしさ紙芝居」
放送期間 1980年7月5日 – 1981年3月28日
放送時間 土曜日21:00 – 21:54
放送枠 土曜ドラマ (日本テレビ)
放送分 54分
回数 38
熱中時代スペシャル 帰ってきた北野広大
笑って下さい 涙して下さい 6年ぶり教え子と再会!
プロデューサー 高橋靖二
佐藤丈
放送期間 1987年4月4日
放送時間 土曜日20:00 – 21:50
放送分 110分
回数 1
熱中時代スペシャル 三年五組の叛乱
プロデューサー 平林邦介
都竹廣明
放送期間 1988年10月26日
放送時間 水曜日21:03 – 22:52
放送分 109分
回数 1
熱中時代スペシャル 嵐を呼ぶ男
プロデューサー 平林邦介
放送期間 1989年10月11日
放送時間 水曜日21:03 – 22:52
放送分 109分
回数 1
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『熱中時代』(ねっちゅうじだい)は、1978年10月から1981年3月まで、日本テレビ系列で放送されたテレビドラマである。

シリーズ第2作として刑事ドラマである『熱中時代・刑事編』も存在するが、本稿では学園ドラマ作品であるシリーズ第1・3作、及びそれらと世界観を共有する単発スペシャル版について扱う。

概要
水谷豊扮する小学校教師・北野広大が赴任先の小学校で起きるさまざまな出来事に体当たりで挑む。

従来の学園ドラマではあまり取り上げることがなかった小学校教諭を主人公にした画期的な作品で、この種のドラマをあまり見ることのなかった視聴者層を獲得し、高視聴率を記録した。当時文部大臣だった砂田重民元衆議院議員も欠かさず見ていたエピソードが残されている。

1978年に第1シリーズ、1980年に続篇が放送されたのち、1987年春、1988年秋と1989年秋に2時間の単発ドラマが製作され、家庭を持った主人公が時代と共に変わっていく子供たちの気質に戸惑いながらも奮闘を続ける姿が描かれた。

2011年4月9日にスペシャルドラマとして、北野の教え子が教師となり、本作から30年後を舞台としたリメイク作品が放送された。主演は佐藤隆太と松下奈緒で、水谷は登場していない。また、スペシャルドラマの放送を前に関東ローカルで再放送が行われた。

連続シリーズ
第1シリーズは、1978年10月6日より1979年3月30日まで毎週金曜日21:00 – 21:54に、「金曜劇場」枠で放送された。初回の視聴率は12.2%(ビデオリサーチ)であったものの、最終回の視聴率はニールセンで46.7%、ビデオリサーチで40.0%を記録。ビデオリサーチによる初回の視聴率からの伸び27.8%は歴代最高記録である。

翌クールに同じく水谷豊主演の「熱中時代・刑事編」が放送され、間を置いて第2シリーズが1980年7月5日より1981年3月28日まで毎週土曜日21:00 – 21:54に、「土曜グランド劇場」枠で全38回が放送された。こちらは平均視聴率27.8%を記録。

キャスト
北野広大:水谷豊
北海道・小樽出身の新任教師。しばらくアルバイトをしていたが、結婚退職した教師の後任で若葉台小学校に赴任することになり、校長の天城順三郎宅に居候の身になる。3年4組の担任。本人によれば「あまり良くない大学を、あまり良くない成績で卒業」し、教師となる。何事も体当たりでぶつかる。その型破りな教育方法で子どもたちに慕われているが、安達や一部の保護者たちと意見がぶつかってしまうことも多い。映画館で泣きながら電話をしている桃子を心配して追いかけるが、痴漢と間違えられてしまい、それ以来桃子とはお互いに意識し合うようになるが、父親、兄の病気、怪我などにより、第1作の最終回で北海道へ帰郷。
その後教員と酪農の両立はかなわず礼文島の叔父の仕事を手伝っていたところ、第2シリーズの初回で天城順三郎と再会、その伝手でもう一度若葉台小学校に戻り2年3組の担任となった。
第2シリーズ最終回で小笠原諸島の兄島小学校の教員に欠員が生じたことを知り、自ら志願して小笠原へ旅立つ。
スペシャル第1作では北海道・積丹町立神威崎小学校に異動して教師を続けており、小笠原から転居する段階で敦子と出逢い、結婚した。
第2作以降は、神威崎小学校が廃校になったことに伴い、再び順三郎の伝手で東京に戻り南多摩川小学校に赴任、3年5組の担任になる(その際、順三郎から天城邸を譲り受けて自宅とすることになった)。翌年は4年2組を担任していた。
既にベテランと呼ばれるキャリアの持ち主になってはいるものの、その型破りな手法は昔と何ひとつ変わっておらず、南多摩川小学校への赴任以後も学年主任以上の教員からはそのやり方に眉をひそめられることが多い(しかし、児童や保護者からは支持されている)。
2011年のスペシャルにおいては、3年2組担任の南雲大地が1983年生まれとなっていて、大地の小笠原時代の小学校3年の担任であったと話していたことからまた小笠原の小学校に赴任したと思われる。