松田聖子 秘密の花園シンクロハーモニー
おはようございます\(^o^)/
歌謡番組『夜のヒットスタジオ』
名プロデューサー疋田 拓(ひきた たく)さんの
話しをしたいと思います疋田 拓さんは
あの泥臭い現場の技術担当のADとして参加。
ADということはメインのディレクターは初代
プロデューサーの伊藤昭、ディレクターの
藤森吉之らと共に番組初期の基本フォーマットを
作り上げた。作家はマイケルの嫌いな塚田茂で
(作・構成 / 監修)1973年からはディレクター
1976年から1987年6月までプロデューサーとして
約20年もの長きにわたって番組製作の中枢にいました。
で、後人にあたる疋田 拓さんは『夜ヒット』
以外にも70年代には『ラブラブショー』
80年代には『スターどっきり(秘)報告』
『オールスター水泳大会』『スター千一夜』などの
芸能番組、また『FNS歌謡祭』
『新春スターかくし芸大会』『世界紅白歌合戦』などの
局を挙げての大型番組の製作も数多く担当
テレビ制作とは現場は過酷で当の疋田本人も、
ヒットスタジオ担当時代は「週7日出勤」を
自ら実践、そのうち週5日をヒットスタジオの
企画・構成に費やし、あとの2日を別の
自身の担当番組のプロデュースに
当てるというハードワークを長年続けていた
(当時の人事担当に1か月すべての日に
「出社」を意味するスタンプを押した
出勤シフト表を提出して、「こんな事
できるはずがないだろ!」と注意を
受けることは日常茶飯事だったという)
あ~こわいこわい現場はブラックどころか
年中無休でスタッフはこき使われて殴る蹴るなど
普通だったようです、こんな世界にあこがれていた
マイケルはバカですね、しかし大学でて
こんな現場にいたらバカバカしくてやめると思います
テレビの制作裏側はこわい世界ですからね😃
