遠藤利明, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=595022 / CC BY SA 3.0

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遠藤 利明(えんどう としあき、1950年1月17日 – )は、日本の政治家。
自由民主党所属の衆議院議員(9期)、自由民主党選挙対策委員長、自由民主党2020年オリンピック・パラリンピック東京大会実施本部長、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック組織委員会副会長(会長代行相当)。
国務大臣(東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当)、文部科学副大臣、自民党幹事長代理、自民党教育再生実行本部長、自民党スポーツ立国調査会長、衆議院農林水産委員長・青少年問題に関する特別委員長、山形県議会議員(2期)などを歴任した。
山形県南村山郡(現:上山市)出身。
山形県立山形東高等学校に進学した。
同級生には、のちに山形県副知事となった細谷知行らがいた。
高等学校卒業後、中央大学法学部法律学科に進学。
卒業後、衆議院議員の近藤鉄雄の下で秘書を務めた。
1983年から山形県議会議員を2期務める。
県議時代は自由民主党に所属していた。
1990年、第39回衆議院議員総選挙に旧山形1区(定数4)から出馬したが、6位で落選した。
1993年の第40回衆議院議員総選挙では無所属(日本新党推薦)で再び旧山形1区から出馬し、3位で初当選する。
衆議院議員当選後は日本新党の追加公認を受けるも、程なくして自民党に復党し、同じ山形県選出の加藤紘一の側近となる。
小選挙区比例代表並立制導入後初めて実施された1996年の第41回衆議院議員総選挙では山形1区から出馬し、小選挙区では鹿野道彦に敗れたが、重複立候補していた比例東北ブロックで復活した。
1998年、小渕内閣にて建設政務次官に就任し、小渕第1次改造内閣でも留任した。
2000年の第42回衆議院議員総選挙では山形1区で鹿野に敗れ、比例復活も叶わず落選。
同年、第2次森内閣不信任決議案をめぐる「加藤の乱」による宏池会(加藤派)分裂後は宏池会(小里派を経て谷垣派)に所属し、以降は谷垣禎一の側近となる。
2003年の第43回衆議院議員総選挙及び2005年の第44回衆議院議員総選挙では連続で鹿野を破り当選した。
第1次安倍内閣では文部科学副大臣に就任した。
2007年10月、自民党政務調査会に設置されたスポーツ立国調査会の事務局長に就任した。
2008年衆議院農林水産委員長に就任。
2009年の第45回衆議院議員総選挙では、山形1区で9年ぶりに鹿野に敗れるが、比例復活により5選を果たした。
2011年10月、自民党幹事長代理(総括)に就任した。
2012年10月、自民党国際局長に就任。
同月に宏池会を脱退し、谷垣禎一による勉強会・有隣会(谷垣グループ)に参加した。
同年12月の第46回衆議院議員総選挙では、山形1区で前回敗れた鹿野を破り6選を果たした。
2013年5月21日、スキーの普及、振興と競技力向上を目的としたスキー議連を発足させ、会長に就任した。
10月にはスポーツ庁設置を検討するプロジェクトチームの座長に就任し、15日には衆議院青少年問題に関する特別委員長に就任した。
また、自民党山形県連会長として、鈴木憲和、大沼瑞穂の落下傘候補を衆院選・参院選に擁立し、当選を支援した。
2014年、日本オリンピック委員会と東京都により設立された一般財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事に就任した。
同委員会は翌年より公益財団法人に移行したが、引き続き理事を務めている。
9月に政調会長稲田朋美のもとで政調会長代理に就任した。
12月の第47回衆議院議員総選挙では、山形1区で7選を果たした。
2015年6月25日、東京オリンピック・パラリンピック特別措置法の施行を受け、第3次安倍内閣にて東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当の国務大臣として入閣した。
2016年8月、国務大臣を退任して、自民党2020年五輪・パラリンピック東京大会実施本部長に就任。
同年11月、森喜朗会長を全般に渡り補佐する「会長代行」業務を担うため、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の副会長に就任。
2017年10月の第48回衆議院議員総選挙では、山形1区で8選を果たした。
2020年9月14日に行われる自民党総裁選挙で岸田文雄の推…