東京オリンピック最終日に行われた男子マラソン。舞台となった札幌市で、日本の先住民族アイヌの舞踊が公認プログラムとして披露されました。総勢200人でアイヌ文化を世界に発信。オリンピックが掲げる「多様性と調和」を表現した舞踊には、その先を見据えた踊り手の強い思いがありました。(苫小牧支局・中尾絢一記者)
【アイヌ文化を知る絶好の機会に】
東京オリンピック開幕を間近に控えた7月。白老町で、舞踊の練習が大詰めを迎えていました。
道内各地で暮らすアイヌの人たちが集まり、地域ごとに異なる振り付けを繰り返し確認します。
チームが結成されたのは3年前。地域で伝承を担う約20人の踊り手を中心に、準備が進められてきました。
メンバーの1人、貝澤太一さんは、世界の人たちにアイヌの人や文化に目を向けてもらう絶好の機会だと考えていました。
(貝澤太一さん)「ここに今、アイヌが生きていることを見てほしい。これからアイヌ文化をどう前向きに発信できるかを考えている」
【アイヌと自然の関わり伝える】
アイヌの人が多く暮らす平取町。
貝澤さんは農家としてコメやトマトを生産するかたわら、アイヌ文化の発信にも力を入れてきました。
全国から訪れる人たちにアイヌの料理や森の暮らしを体験してもらう活動を続けています。
森に入る前には川の神様にお祈りし安全を願います。
この日、参加者に体験してもらったのは「クチャチセ」と呼ばれる小屋づくり。
枝を組み上げるだけのシンプルな構造ながら、しっかり雨風をしのぐことができ、かつて狩りで使われていました。
貝澤さんは、アイヌの人たちが受け継いできた自然を生かす知恵を伝えています。
(参加者の女性)「アイヌの人は、自然から生かしてもらっているという感覚を持っている。私たちの感覚と違うと思った」
(貝澤太一さん)「森や川との関わりはすごく大切だ。アイヌとは切っても切り離せない関係だと考えているので、しっかり伝えられるように話に盛り込んでいる。もともとはアイヌの人たちのものだったかもしれない。この森にはどのような背景があり、誰が使っていたのかということに気づいてもらわないと次の話ができないないから」
【奪われた尊厳と権利】
狩りや漁を生活の糧に暮らしてきたアイヌの人たちですが、明治時代に日本に組み込まれて以降、土地を追われ、鹿やさけを自由にとることを禁じられました。
同化政策を掲げた政府によって文化や風習を否定され、民族としての尊厳と権利が奪われたのです。
かつてアイヌの人たちが利用してきた森や川は、国や企業のものとなり、今も自由に立ち入ることはできません。
こうした歴史と真正面から向き合ってきたのが貝澤さんの一家です。
祖父の正さんと父の耕一さんは、民族の尊厳と権利を回復しようと長年、闘ってきました。
「入植者たちの乱伐で森が荒れ果ててしまった」。
正さんは、森をアイヌ民族の手に取り戻し自分たちで再生させたいと、生涯をかけて植林活動を続けました。
その意志を引き継いだのが耕一さんです。
民族ゆかりの土地がダム用地として強制収容されたことを不服としたいわゆる「二風谷ダム」裁判では、1997年、裁判所がアイヌを先住民族と認め、国に違法性があるとする判断を示しました。
【アイヌ民族の歴史伝えるために】
今回のオリンピックの舞台について、貝澤さんの両親は、アイヌ文化が世界に発信されることに期待する一方で、複雑な思いも抱えていました。
家族で互いに胸の内を明かしました。
(父・貝澤耕一さん)「今のかっこいいところだけを見てほしくない。それで過去の歴史を消されるんだ。みんなの心から歴史がなくなることが怖い」
(母・貝澤美和子さん)「歴史を伝えようとしていない。話そうとすると嫌がられるからね。歴史はまず置いておき、文化の話ばかりする」
(貝澤太一さん)「オリンピックの舞台自体は一つのきっかけでしかない。それを僕ら自身がどう頭を使って膨らましていくかが大事だと思う」
貝澤さんも、オリンピックの舞台の意味を考え続けていました。
(貝澤太一さん)「われわれに目を向けてもらう機会も、きっかけもまだつかめてない。『権利を認めて』と言っても、実感がないから理解してもらえない。アイヌが生きている、今おれらがここにいると実感してもらう機会を作りたいし、そういうパフォーマンスをしたい」
【舞踊を披露相互理解につなげたい】
8月。オリンピックのマラソンと競歩が行われる札幌市の会場で本番を迎えました。
アイヌの伝統舞踊は、感染対策のため無観客となりましたが、インターネットで世界に向けて配信されました。
嵐で松の木が揺れる様子を表現した「黒髪の舞」。
鳥の美しさに見とれ矢を放てない狩人を表現した「弓の舞」。
約40分間、15の演目に共通するのは、森羅万象に神が宿ると考え、すべてのものを敬う「アイヌの精神性」です。
道内約20の地域から集まった総勢200人が4日間、渾身の踊りを披露しました。
貝澤さんの両親は、自宅で配信映像を見つめていました。
(父・貝澤耕一さん)「3年準備して披露できたのはよかった。アイヌとは、そしてアイヌの歴史とは何か、何が足りないのか勉強して先に進んでほしい」
舞踊を披露した貝澤さん。うっすら涙を浮かべて、最後にこう語りました。
(貝澤太一さん)「かっこいいな、きれいだな、かわいいなというところで、われわれの存在を訴えることができたのは大きかったんじゃないかな。その先にあるのは相互理解。これがすべてではないと思っているけれど、この経験を力として蓄えることができたのではないかと強く思う」
この舞台の反響は大きく、貝澤さんは、これをきっかけにアイヌの文化や歴史への理解を広げるための活動をさらに増やしていきたいと考えています。
