「ボクらの時代」『藤原紀香×高島礼子×浅野ゆう子』藤原紀香阪神・淡路大震災を経験して・・・
[音楽] 今日の僕らの時代はこちらの 3人。 実はうん。3 人ともあるめちゃめちゃ共通点がありますよね。 ありますね。 ね。フジテレビといえば フジテレビといえば 時代劇といえば 時代劇といえばお姉さんお姉さん 私出していただいた。 ああ、小ずれ狼。 え、そういうとこ好きですね。 多くですよね。さに 多くですよ。多くでございます。 多く で一緒。多く鼻のラ、花のラ そうです。 すごい ね。藤テレビ初手立ってんですよ。私たち [笑い] あの出会いがちょっと私わからないんですけど覚えてない。 魔井伝も私裕子さんの見に行ってるんで。 ああ、魔井ね。 魔井天繋がりで繋がに見てる。 いや、私は本当にあの裕子さんとお芝居で一緒だっていう風に聞いた時に本当に嬉しくって 本当に私は麻野さん憧れてうん。 ああって女優さになりたいなって。 そっか。そうだ。兵庫 そうです。そうです。兵庫です。京 うん。 モデルとして憧れていて、そして女子さんも抱きしめたもずっと見てたので、 それであ、ご一緒できるんだって品という役を頂いて うん。素敵だったんです。のりかさん可愛くてね。 本当に可愛がっていただきました。 うん。つもなんか泣いてくれてわかりしいんでね。 はい。 で、一番可愛かったのはちょうどあのご主人のためにご飯を作って指切っちゃったの包丁でね。うん。 それでバンド巻いてお客さんから見えない から大丈夫大丈夫つって2人で芝居してて やっぱいつものようにこう涙を流して 気持ちがこうぐーと来たからこう手を最後 握ってま頑張れよみたいなところがあって それで握ったら いじめ痛かったすごい痛いそこで私も ふっと我に帰ってあそうそうだ怪我してん だごめなさいみたい 私あの裕子さん あの、小学校か生が同級生だったという知り合いが はい。 あ、猫じゃないですけど、そういうなんか活発で一種な性格だったってお聞きしたんです。 [音楽] 子供の時からやっぱり大きかったので年相には見られませんでしたね。大人びて大人が見た時可愛げのない子供っていう。 ああ、 でも私もあの男の子みたいだったです。 あ、じゃあもう共通してる。 はい。もう単発で へえ。 ザ切りで真っ黒で やんちゃ。 へえ。や着例やったですよ。 だからどうしてね、なんて言うの 少年野球は少年野球なんだって先生に詰めようって。 あ、ああ。 少女がないということですね。 入れないんですかって言って入れてもらってうん。 3 番ファースト打ってたっていう。 かっこいい。かっこいい。 それはあの手足が長かったんで思いっきり伸ばしたらアウトにできるんですよね。 アウトが早かったっていう。 ちょ、正直言っていいんですか?全然イメージじゃないんですけど。 時々あの バッティングセンター見たらもうすぐ入ります。 バッティングセンター好き。今でも大好き。 いいね。今のこれはこれは バットをちょっとこう鳴らしてこれは何なんだろうな。 [笑い] そうバッティングセンター行ったことがないんで。 本当ですか? すごい カンカン打ちますよ。気持ちいいです。 子供の頃と大人って全然変わるんだな。 そうですね。 さんは私はだからその全く今と逆であのすごく打ちで内光的でか強いものにひっついて 見えない全然 すごいどっちかといじめられこぐらいの 本当 なんか体だけはでっかいくせになんかこういやあとか耳ばっかなんか先生に刺されたら耳ば真っ赤になっちゃうみたいな へえ もうだからもう強い女性に憧れまくった子供時代です 強い人が好きですか? うん。なるほどね。 どんな子供時代だったのかと。 えっとね、小さい頃は親は 近いから宝塚に行きなって うん。ああ、 ずっと言ってました。 母がもう見たかった感じでした。 いや、いや、いや、いや。デビューないくつですか? え、 デビューやだ、 やだ。 お歌歌ってらっしゃいましたよね。 お芝居に小役。嘘。 え、なんで嘘ついたんだろう?面白い。 歌、歌で13歳。え、 生まれてないね。 ピンクレディの時代ですか。 なんてこと? ちょっと待ってください。私今混乱してます。ごめんなさい。元い。 ピンクレディさんは私よりずっと後です。 相当です。 相はい。 56年は後ですかね。 そうですか。 デビューくつです。 お、 デビュー? デビューは1992年ですね。 ああ、大学卒業してから。 そうです。21ぐらいですね。うん。 で、状況するまで少し時間があってモデルとして、え、東京のこう行ったり来たりでこう出稼ぎをしていた時、出稼ぎをしていた時だったんですけど 95 年に阪神大震災の時は長の揺れの時は飛行機の上だったんです。 降折り立ったのができったばっかりの関空だったんですけど、 そこから半急線とか全然動いてなかったから、 ずっとそこ歩いた時のやっぱり光景っていうのは忘れなくて、 で、そこそれまで 両親にはやっぱりうん。反対されていてだけどやっぱりあの時にいろんなやっぱり人生感変わって うん。うん。 ホップ、ステップ、ジャンプのホップもしてないのに諦めるのは嫌だなと思って。 うん。 あの後震災の 2 ヶ月後何の炎上もいりませんから私は行きますって言って、 え、東京に出ました。 うん。 そしたら本当に家族会議とか開かれてもう父親がこうなって もうずっと話を聞いてくれなくて背中でってなってたんですけど出かけるその日にトラックを用意してくれてて爪って言って言って火材道具積んで父運転して [音楽] 東京に行ってくれたんですよ。 いや、私もえって思って、じゃあ車の中で 2 人っきりでどんな話するんだろうと思って うん。 1ことも喋んないんです。2 人きりだった。 はい。 私も 話せない。 うん。ああ。 で、え、一生懸命こう積み込んで、 ま、泣けなしの火材道具だったんですぐ終わったんですけど うん。で、最後もなんか言ってくれんのか なと思ったら 毎日戸締まりはしろやてほん で帰ったんですよね。 そんの時になんかあれだけ反対していた父がの思いっていうか男親の うん。 帰り際の一言っていうのがあ本当に心配してくれてほんま私頑張らなあかんなと思って あ そっからですね。 愛ですよね。 愛です。本当に大切な娘。 父親はね、 反対されませんでした ね。お父様厳しかったんですよね。 うち厳しかまうちは厳しい父で終わったんですが。あ、でも違うな。 やっぱね、松田け健さんのおかげです。 あ、 ラバレんぼ将軍という松田さんのその作品が私のデビューなんで松田けさんと一緒だったらと。 ま、そう、それでもう簡単でしたね。お父様教授。 教授。えっとね、職員ですね。職員ですね。ちょっと私あんまり父が何してたのかさえわかんなかったという。 [音楽] うん。 意外となんかそのあんまり親と一緒に若い頃うん 中なんかこういう親なんか正直言うとそういう親の話聞くとちょっとあ、いいなあって [音楽] 来ますね。 あ、あんまり 親となんてそう向き合ってこなかったのでか自由にしすぎてうん。 でもそうちゃんとそこを信頼関係でね信じてくれてたからそういう ねことなんです。 そうだからね、ちょっとですけど、父親の娘に対する愛 うん。なんかぐっと苦しい素敵ですね。お父様はやっぱり自由にさせるのが愛だったんでしょうね。 そうですね。 うん。 もうくせっけなんですよ。めっちゃ自前まフロみたいな。 サラサラのストレートロングになりたいって思ってたらそれも同じで 本当に。 あら、もう本当にびっくりした。 よくあの私インスタよく見てるんですけどよくいろんな部隊を見に行かれてよも見に来て そうそうそうもうねの香さんがねすごい素敵な置き物来てらしてもう素敵な奥様でい 自分の仕事をしながら ね 旦那さんのそういうフォローし 時間がいくらあっても足りないっていう でもそれはもう皆さんそうでしょないですか らっしゃいます そうなの聞きたかったの新婚もう6 年過ぎちゃ6 年過ぎ6年 うん でもお料理とかしたりねどうされてるんですか?作ってんですか? 作ってますよ。だってこのコロナ禍の 3年間はね、作らざるなかった。 でもやっぱりね、そのお仕事両方両立されてるじゃないですか。結構これって結構、ま、若い時はできてもだんだんだんだんこういえやつってなんないのかなと思って。 でもそこまでだから一生懸命期待されてないしないし自由に うん。今日はちょっとご飯は無理って言うと じゃなか取ろうかって言ってくれるのが夫ですし 正直に今日無理とかそういうことが言えることが大事あっちゃうんていう存在ですね。 でもそうも言ってられないですよね。 お仕事大変だから。 うん。でも私もあの、なんて言うんですか?ま、 2度目ですけど、2度目コで うん。 きっと若い頃に出会ってたらダメだったよねっていう いう風に話すような感じで、 今だからだよねっていう。だから向こうもあれしなさい、これしなさい、こうしなさいとか全然言わないタイプ なので。 うん。うん。 そっかからあ、でも倒れられたら困るから、もうできるだけ東京にいる時は舞台の後とかもご飯作って食べようっていう感じにしてますね。 [音楽] うん。 月嫌い言わず召し上がりますご主人は。 そうですね。 うん。 お米にはすごいうるさいですけど、 お米、 お米が好きで好きで 何にもいろんなこと全然うるさくないけどお米だけは本当にこだわるというか。 だから外食してもお米ライスが美味しくないところにはもう 2度といかないって。 どこのお米じゃなきゃダメとかかっていうのがある。 いや、そんなないんですよ。それはない。 炊き方だけ。うん。 何で炊いてる?ガス?やっぱり ガスのやつで。 ガスにそのド鍋、 ド鍋乗てわざわざ うん。炊いてるのね。 ライスようなやつが売ってるんですよ。あれ美味しいです。やっぱり。 へえ。 うん。 あれ料理嫌いですか? いや、私は全くですね。 あ、本当ですか? はい。もう外食ですね。 今日出前どこ取るみたいな感じでしたよ、昔は。 だってね、れ子さんね、キッチンの ところに座っていろんな物語が届くって聞いたことありますよ。 そう、今もうまさにその生活をずはい。猫がリブングリビングで猫がそこに住まわれて私はキッチンでなんか本読んでるかなんかキッチンでなんかぐチぐチぐなんかやってて、もう猫のために生きてるみたいな。 猫のAさんのために。 猫の動画とか見ちゃう。 そう、そう。なんか自分が好きなのがどんどん入ってくるんで。 うん。 やっぱインスタでなんか自分の好きな猫動画とか猫リールみたいなのがどんどんもうどんどん入ってくるから、もうそれを永遠見ちゃうんですよね。 ダメ、ダめ。目も悪くなるし。 怒られた。 だめだめ。 怒られた。 そうよ。まさかエゴさなんかしてませんよね。 エゴさ知らないです。 それYouTubeですか? 面白い。あ、可愛い。ほ、 [音楽] 超可愛いね。可愛い。 れこちゃんって 子さんはYouTube ですかって初めて聞きました。 いいです。知らなくていいことです。 大丈夫です。そのままで行ってください。 そうです。とってもいいと思います。 で、でもの香さんの年齢でバンコっておっしゃいましたけども、全然バンコンじゃないんですが、バンコンで 2回目どうですか?私も今もう今 1人をすごくもうしてなんです。 楽しい。 もうだってもう猫と共になんかま、まあ本当に自分の好きなように結構なんかこうなんか やっぱりこう旦那さん中心に動いちゃうタイプだったんでもう今もうすごい楽ですね。そうね。 なんか本当に尽くす感じですもんね。 そう。我慢しちゃった。 しちゃったんですかね。だからなんか今ね、もうね、自分のためにちょっとね、頑張れ自分磨きをしたいっていうこのうん。 美容って言うんですか? 裕子さん人でなんか私に癖でも何でもないんで、意外と何にもお金かけてないっつったら 1月20 万ぐらいかけてるとおっしゃいませんでしたっけ? うん。ヘッドスパ。 そう。違う。髪が私の場合すごいコンプレックスで もうくせっけなんですよ。 めっちゃ自前まアフロみたいな感じ。 本当ですか?そんなことあります? そんなことあるんですよ。なんかすごいすごい高いドライヤーとかもうこりのドライヤーを使ってらっしゃい。はい。 もし私の髪がストレートロングだったら人生変わってるだろうって憧れるからもう一生懸命一生懸命こう伸ばして、ま、年齢と共にね、白いものがいっぱい出てくるからそれはもう 3日に1度とか 染めるに行くわけですよ。 と言うとあとなんか時々こういう風に色抜いちゃおうとかって遊ぶわけですよ。 そうすると 高い。 いや、私今麻野裕子さんから コンプレックスが 紙でくげでって聞くとは思わなかった。 そう。私もその時衝撃で衝撃でそうそうそう。 私も同じこと言ってもう生まれ変わったらサラサラのストレートロングになりたいって思ってたらそれも同じで 本当に。 あら、 もう本当にびっくりした。 あの、父の毛が入って うん。 本当に2 時間ぐらい私伸ばしてから現場に来るんです。 へえ。もう本当に すっごいわかる。体験なんね。 びっくりしてから隠れた努力をしてるんですよ。普通の頭 [音楽] ね、顔かしてブーってやってたらもう本当にこんな本当にこの本当にこんな感じになる。なるので びっくりで私なんかできればれ子さんみたくショートにしてみたい。 よくとまってられますね。と ままってられますね。ていうか いや、正直めっちゃストレートです ね。 もう寝起きでオッケーです。本当にそうなんですか。 [音楽] 寝きしシュシュつってもうもうもう形状記憶のようにこうなっちゃっ なかなか夢 やっぱでもねやっぱ自分にそのお金をかげるって大事だと思いますよ。 うん。 でも最近部屋め草の間で うん。 すごい高島れ子さんがお肌調いいとか いい感じっていうのを聞くんですよ。うん。金運動よくやってます。 はい。う あ、私運動。 うん。 そうてやってます。 ものすごい。もうだから金運動しかないな。ガ運動。皆さんすいません。アップで取ってください。お 2人金運動します。 え、だってゆさんどうして? しないよ。そんな したことないよ。 もうできない。 下をすごい動かしたり。下の根元絶のもうグリグリをあのホーム天ぶこうやってわって動かしたり。 もう、もう、もうこんな、もう、もう下でとここと、 ここと マッサージしますね。 本当に確かにシワがない。 いや、もう私結構笑い語って言うんですか?ゲラ。 うん。 でもなんか2人ともゲラっぽいな。 ゲラです。 ゲラです。ゲラです。 超ゲラなんでもうシはちょっと本当によくいるじゃないですか。もうええてこうなんか いや、怖い怖い。 なんかあまりそう。ここであんまり笑わないか。あれをね、ちょっとマスターした方がいいのかと思っ。 いやいやいやダめですよ。やっぱり女優さんは絶対ダめですよ。ダメ。だめ。 なんか最近はまってることってなんありますか?仕事以外で。 猫さんはま、バイクじゃないですか? いや、でもバイク終わっちゃって今ゴルフなんですよ。 ああ、そう。 もうバイク、ゴルフちょっとここ 3年コ中でもちょっとやり始めて はい。はい。 全くうまくならないんですよ。 ちょっと来年はちょっと頑張ろうっていう気なんですけど。 今年今年 今年。 これオ1月。 あ、1月ですか? うん。あら、今更 さすがですね。1 月、1月 さすがです。 そうです。もう今年はですね、あの、本当去年ちょっとやっぱり頑張ってゴルフ練習したんですけどうまくならないんで来年の、あ、今年の抱として もう1回行きます。もう1 回行きます。で、 で、ゴルフ はい。そう、なかなかうまくならないんです。 ですから、あの、今年はね、 うん。 今年はちょっと頑張ろうと思ってるんですよ。 目標 私はですね、なんとこのフジテレビがですね、 富士山系クラシックという ゴルフをやっておりましてですね、 プロアマがあったわけです。私 あま12 年連続 ええ、 出てました。 出場 出していただいてました。ま、昔は素晴らしかったですよ。それはもうバブルの時代ですからね。東京からそのあのゴールデンウィークの最中にあるからものすごく混んでる道もね。 はい。 そうするとテレビさん太っぱヘリコプター飛ばしてくれました。 聞いてます。私聞いたことあります。あのね、あの私 1 回だけ出していたってことあるんですけど、噛んでる。噛んでる。 出させて、私1 回だけ出させていただいたことあるんですけど 本当にあの渋滞で大変はもうわーって言ってたらあの裕子さんヘリコプターで来て 私だけじゃねけど え本当に すごいすごい私とか柳俊郎さんとか中井き一さんとか石黒健けさんとか石田純一さんとかヘリコプターに乗って すごあ、 そういう時代でしたね。 そういう時代ありました。なんかそれこそトレンディというところで一時期、ま、ちょうど私ぐらいの年齢から銀幕さんって言うんでしょうかね。映画の時代の 16、あの、ゆ、ま、銀幕のスターさんですね。 36mm の映画を撮っていた銀幕さんで、ちょうどそのダブル麻野さんからそのテレビのトレンディードラマが変わってきたんですよ。こテレビ黄金機みたいになって 銀幕かトレンディかみたいな。 すごい別れてたなっていう感じが。 え、じゃ、テレビの世界に行ったのは なんかきっかけがあったんですか? テレビの世界。 はい。 あ、役者やってきたいって思ったのですか? はい。 あの、当時は今で言うグラビアイドル的なお仕事とか、あとそのちょっとモデルさんみたいなこととか そういうこともさせていただいてて、 で、ある日インタビュー受けた時に、あなたの本色は何ですか? ああ、 モデルですか?タレントですか?歌手ですかって聞かれた時に芸能人って名刺を作らないじゃないですか。持ってないじゃないですか。 で、私は俳優麻野裕子っていう名を作りたいて思ったんですよ。 そこから事務所にお話をして、あの、お芝居 1本でやっていきたいですっていう ことを決めたのが、まあ、 25歳ぐらいですかね。 あの、れ子さんもお世が高いし、 そうですね。 ね、のさんも本当にお世が高くて、スタイルとってもよろしくて、 で、私もやっぱり大きいで、昔は大先輩の女優さん方とお仕事させていただいた時、こんなことテレビで言っていいのかわからないですけども、大きい女優は嫌がら。 あ、やっぱりそうですよね。 うん。なぜかやっぱり並んだ時に大きい方に目が行くから。 そう、そう、そう、そう。 だから大きい女優は主役しかできませんって言われたんです。 じゃあ頑張って主役になんなきゃねみたいな。 でもそういった意味ではなんかこう例えばいいなんかこう目指したい先輩とかっていました。 でも先輩といえば乃の木さんずっと はい。そうです。そうです。さんはそれこそ抱きしめたいで私の本当の母の役をずっと演じてくださってて女性として人として素敵な方でしたね。 ずっとお勉強最後の最後まで続けてって病院でもね、テレビ見なきゃいけないのってお勉強なさってる姿とか本当に素敵でしたね。最後まで本当に現場に帰らなきゃっていう気持ちで、え、お仕事大好きな方でした。うん。 [音楽] そんなに講師共に仲良くされてたんですか? そうなんですよ。実はもう本当に あんまりね、あの、なんか言ってはこなかったんですけど、最後まで病院にご一緒させていただきました。 ま、でもやっぱり女優さんでいいのはやっぱなんかやかき先輩が常にいりますよね。 そう。うん。 私印象的だったのはモデルからうん。 あの、お芝居を始めたになった時に藤田ゆみ子さんとしたことがあって、 足をね、うん。 あの、まだまだあの、綺麗な足ね。あ、ありがとうございます。でもあの女優ってねえ、傷だらけでここも黒くなっちゃってだんだんだんだん年を重ねて女優になっていくからね。そしたらお芝居も楽しくなってくるわよ。 おっしゃってくださって 女優って俳優っていうのはもう生いつばって芝居をして本当に うん ねここすぐ真っ黒になっちゃうじゃないですかなあのが女優足なんだなって 何十年と経ってなんか分かるようになってきてはい 確かに お芝居がやっとその4050 でやっと面白いと思えるようになるってこのことかって その20代の時にえ50 過ぎたからつてもなんかピンとこなかったんですけど それが分かるようになりましたね。 それはもう私が心から尊敬する乃木洋子さんがあ はい。 女は50からよ。 おっしゃてました。 いただきました。あのゲスト いただきました。ありがとうございます。 でもあのハリウトの映画とか見てると うん。 くしゃくしに そうそう素敵ね。 さんたちが笑っていい年の取り方してる あの年配の女優さんだったりおばあちゃん役の方だったりいるじゃないですか。 素敵ですよね。 うん。 かっこいいと思って、これができるように頑張ろうとかってすごい思いましたけどね。 やっぱ結構外国って結構年齢で高い方のリスペクトすごいですよね。年齢重ねてもすごくセクシーであったり、アクティブであったり、そういうドラマとかもすごい増えていったらいいですよね。 作品がね、 作品がね、うん。そうなんですよ。 この世代にエールを送る作品ですね。 あ、そういなと思うね。 このなんて言うの3 人でまた現代劇でもなんか がっつり やっぱりこう多くのね、こうもう少し上バージョンアダルトバージョンってあるといいんですよね。 アダルトバージョンてどやっぱりこうこう若い戦いが来てやっぱりその いろんな経験を積んできたそのですよ。なんかねいいと思うんですよね。面白い。 痛み合う役とかいる。なんかすごい。 そう結局はね、仲良しの話はあんまり見てもらえない。 それでは今日も素晴らしい 1日を 結婚したら地獄の始まりだみたいな。 よく聞くじゃないですか。1mm も感じたことない。そんなこと。 うん。結婚 [音楽]
「ボクらの時代」は、各界で活躍するゲストたちが“今”を語り合うトーク番組です。俳優、ミュージシャン、アスリート、クリエイターなど、さまざまな分野の第一線で活躍する人々が、人生・友情・夢・挑戦について本音で語ります。
👇 見どころ
・知られざるエピソードと本音トーク
・成功の裏にある苦悩と努力
・お互いのリスペクトが生む深い対話
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