木村文乃とラウールの俳優としての凄みに感動…『愛の、がっこう。』が伝えた「愛」とは?最終話考察&感想レビュー
木村文の主演のドラマ愛の学校フジテレビ 系が最終回を迎えた木村エンジル高校教師 とスノーマンラウールが演じる夜の世界で ナンバーワンを目指すホストの禁断なのに 純愛な愛の物語。今回は最終話のレビュー をお届け文桶リ沙 写真木村文野とラウールの演技のすごみに 感動貴重な未公開写真はこちら。ドラマ愛 の学校最終は劇中カット一覧愛の学校が 教えてくれたもの愛を語る物語を書く時 それは永遠の愛を書きがちだと昔から思っ ていた。でも愛は決して永遠のものでは ないと思う。時として形を変え、対象を 変え、見せ方を変え。最終回を迎えた愛の 学校はそんな愛について教えてくれた ホストの世界での姫とホストの関係という 仮染めの愛。そこから嘘ではなく本当の ことを言えるまな木村文野という存在と 出会ってカオルタイガラウールが初めて 愛するということを知っていった。ラスト シーンでの手紙がで終わったことをタイガ は終わらせれなくてと言い訳した。1度は 終わらせようと思った。愛でもカオルは やはりたくさんの人たちに下げまれた過去 がまたやってくるんじゃないかと思いつつ も恵のことを信じることそしてもう少し だけ愛することを選んだ。それは永遠じゃ ないかもしれない。第10話でもこ田中南 が語ったように愛とは扱いが難しいもので ある。でもそれをまなは知っていてだ けれども愛することを選んだのだ。 今全力で目の前の愛したい人を愛したら いい。もしかしたらラストシーンで立場が 逆転した学みの両親のように愛が一変する ことだってあるかもしれない。そんなこと を教えられたラストだったように思える。 木村文野の演じが匠み。さてラストだから こそこれまであまり触れてこなかったこと についても語りたい。それは木村文の そしてラウールの俳優としてのすごみだ。 私は木村文野という俳優に対してどちらか と言うとリとした印象を持つことが多かっ た。一方本作での学みの輪とした部分は 彼女のすごくすごく深い部分にあるもので あり、表面的には少し頼りのない 危なっかしいキャラクターという印象を 受けた。そんなまなみの1つではない愛の 形を木村は非常に繊細に演じたように 思える。来週会生徒たちに最後の挨拶を することになった際、挨拶をするどころか 生徒たちからサンドバックのように言葉を ぶつけられる。それに対して言い返したり するのではなくごめんねありがとうと 泣きじくる姿もまた学みなりの全てを 受け入れるという愛の形を見せた。一方で 大雅の前ではまた印象が変わる。特に どうせ見下しているんだと自望時期になる 大画に帰らない。嫌だと必死で抵抗する姿 からは時として自分の愛を守るために 取り乱すような意思の強さを感じさせた。 この2つの印象の異なるシーンを見て思っ たのは1人の人間の中にある生徒を矛盾 することなく恵みらしくないと思わせる ことなく演じた木村のすごみである。一方 のカオルタイガの場合は生徒と同という よりも本音と建前の教会戦が非常に曖昧な キャラクターを演じていたように思える。 その割合は初回から最終回に向けて どんどんと本音の方が大きくなっていった 。正直6話目くらいまではカオルの相みに 対する気持ちが本心なのかそれともリップ サービスなのか分からなかったところも 多々あったのは事実。しかし、それは おそらく愛を知らないカオル自身も戸惑っ ていたからで、あみと気持ちを確かめ合っ てからは見かされたかのように本心を話す ようになっていったなと思う。その戸惑い の中でカオル自身がアンバランスなシーン は多々あったけど、そのアンバランスさ、 人間の不安定さを演じ切ったラウールは この先者としてまた1段階上がっていく ことだろう。 笑うといったある種分かりやすい表情を ラウールはパターン化せずに演じた。それ が視聴者が気づけばカオルに魅了されてい た理由の1つのようにも思える。最も らしく俳優としてのすごみ。作品に書かれ てきた愛について語ったが、本当はただ シンプルに私はこの作品が好きだったこと 、そしてもしも叶うのならマナミと大雅の 行が明るいものであることを一視聴者とし ては願いたい。著者プロフィールオリ沙 ライターインタビューアー金融機関ヘロで の勤務を経て2018年よりフリーランス にサンコン コンテンツガールズカルチャーテレビ ラジオお笑いサッカーが好きマイメロディ に囲まれて暮らしている。
