日航機墜落事故40年 墜落機発見のパイロット 初証言「今でも脳裏に刻まれている」…事故はなぜ起きた?修理ミスめぐる警察と日航の“攻防”の記録【news23】|TBS NEWS DIG

[拍手] 40年間笑顔ないで頑張 でも8 月12 日だけは我慢した涙が流れちゃうんだっていうようなことはお話したいと思います。 日光機が墜落した群馬県オス高の大根。 [音楽] 今年も遺族らが慰例登山を行いました。今年イレート登山に初めて参加した俳優の黒木さん。が [音楽] 事故で宝塚過激団の同期制をなくしました。 早く 来たかったんですけれども、自分の中で どうしても認めたくないという思いが強かったので、ここに来たらなんか本当に認めなきゃいけないんだなっていう思いがあって 本当に山の中でしかっただ と思います。昨日だ お願いします。 遺族らは泣き人への祈りと これからの空の安全を願いました。これは JNNが新たに入手した墜落事故の翌朝。 現場で生存者の捜索などを行う陸上自衛隊 第一空艇団の活動記録の映像です。 煙がくすぐる山。 ナ倒された木々の中には破壊された期待が 至るところに散らばっていました。 隊員たちはその骸を書き分けながら必死の 捜索を続けていました。 本部の位置はとりあえずここに 事故当日羽田空港で撮影された 123便の離陸前の様子午後 6時12分大阪に向け出発した 123 便は伊豆ず半島上空に差しかかったところで変起こし開続けていましたがその後 信号が途えました。 それから間もなく茨城県の百地から2期の 戦闘機が捜索に向かいました。 この戦闘機に登場していた航空自衛隊の元パイロット渡辺修三さんと南直しさん。そう 今回の前で初めて証言しました。 離陸した際は情報が作綜していたと言います。 最初のインフォメーションは飛行機米軍か何かが落ちた民間が行方不明になったみたいな日光のジャンボ機なんてすごい大きな飛行機が落ちたという認識は全然ありませんでした。 基地を出てからおよそ20分後の午後7時 15分に123 便の信号が途いた地点に到着。 辺りは暗く薄雲で覆われていて、上空から の捜作は困難を極めました。 しかしその5分後、 パッと雲が切れて、そしたらオレンジの 明りがドンと急にあのぶわっと燃えてるの が見えたと。もう墜落して火災を起こして たんだなというのを瞬間的に理解してもう 本当にゼックでしたね。 炎の色となんかこう燃えてる状況今でも ですね、まだにはしっかりと刻まれてる ローラーでして 一が開けた午前8時半頃 陸場自衛隊第1空艇団が現場に到着。生存 者の捜索、地形の把握などの任務のため 活動を開始しました。 招待として活動にあたった岡部也は想像を 絶するほど悲惨な状況だったと話します。 ディズニーランドだの帰りだっていうのが 分かるキャラクターのぬいぐるみがかなり の数を落ちてまして、人間がこれだけ ボロボロの状態になってるのにぬいぐるみ が綺麗な状態で残ってる。人間ってこんな にも脆ろいものかな。もう虚しさとか苦し さだとかそういうのが同居してるような 思いだったんですね。 部分以体が散乱し、生存者がいるとは思えない。そう感じていた岡部さんの元に生存者発見の知らせが届きます。 この地獄の中にこの中から生還されたこの奇跡というのは 驚きと共にあの生きていってくれて本当に良かったという思いですかね。 Jと大きく書かれた 123 便の墜落の原因は何だったのでしょうか?見えます。 これは異変が起きた後の 123 便の期待を捉えた写真。この時期体は飛行バランスを取るために最も必要な部分垂直美翼のよそ 6割が失われていました。 飛行中に機内の気圧を一定にするための 圧力確が壊れ、 その衝撃で垂直美翼が破壊されたのです。 バランスが取れなくなった機体は左右に 傾きながら抱こう。 そして墜落となったのです。 墜落の7年前。この機体は尻り持ち事故を 起こしていました。 期待の後ろ側が損傷し、黒く焦げているの がわかります。 この時に圧力確が損傷。 修理は製造メーカーのボーイング車が行い ました。 しかし墜落事故後の調査でその修理が不 適切だったことが判明。 ボーイングもそれを認めました。 なぜミスが起きたのか? 警察はボーイング者の修理指示書を問題し ました。これが実際の指示書です。 ボーイングの修理チームの技術部門から 現場部門に指持されたものですが、丁寧な 書き方とは言えず、修理はこの通りに行わ れませんでした。 警察などは法米し、ボーイングの修理 担当者などから調子を試みましたが、実現 せず なぜミスが起きたかの解明には至りません でした。 はい、すいません。一方で警察は日光側に 対してもボーイング者の修理ミスを日光が 見逃したとの見立てで強制操作に乗り出し ました。 取り調べを受けたのが日本航空の取締り役で自己調査の最高責任者だった松尾郎さん。 何を言いたいかっていうの 松尾さんと信仰があったジャーナリストの木村さんは 日光と貿易者のパイプ尻も事故を防議に任せるべきだと信したのは松尾さんなんだけど自己に関して本で 1番世界で1番知ってる 木村さんは2020年 に松尾さんから当時の記録を受け取りました。 群馬権警の取調べ内容と検察庁の事情。これを松尾ファイルと呼んでます。 そこには修理ミスの責任を巡る警察と日光の攻房が記されていました。 警察をなめるな。 俺の言うことが分からないのか?会社とし て責任はあるはずだ。 ボーイングが修理ミスをした。それを日光 が発見できなかった。 しかしその発見の可能性は極めて小さかっ た。 松尾さんは会社としての責任はあると思う とした上で日光が修理の現場に立ち合えて いない以上発見は難しかったと過失を否認 しました。 現在94歳となった松尾さんは私たちの 取材に対し当時日光の高木社長にこう迫っ たと振り返ります。 ボーイングを訴えるべきと高木社長に震したことがあったが、頷くだけで行動はされなかった。尾さんは日光とボーイングの関係性が全てが解明されない要因だったのではないかと話します。 車内にあったボーイングは神様の考えが社長にも染み込んでいたのかもしれない。 あるいは当時の良好な日米関係、中園総理とレガ大統領の関係を忖度されたのかもしれない。 ボーイン者は修理ミスの理由を 40年経った今も明らかにしていません。 当時の辛い記憶をもに今回世の自衛官の方々が取材に応じてくださいました。 これは今インターネット重心に広がっている日期墜落は自衛隊が原因になっているものだといったようなわゆる陰謀論です。で、この陰謀論ではなく本当のことをもっと知ってほしいという思いですとが現場で活動した皆さんの尊厳を守りたいという気持ちもあったそうなんですね。つまり審議が分からない情報にさらに胸を痛めてしまってる人が今存在しているってことなんですよ。 うん。だからこそ事故から40 年経った今初めて証言をしてくださる方がいらっしゃるわけですね。 山さん、記憶をついでく私たちも改めて正確な情報に立して考えようとする姿勢を持たなければと感じますね。 あの、10 年前に実はこの事項テーマに小説を書こうと思ったことがあって、で、大阪山に 2回登ってるんですよね。 で、ちょうど30 年の時の慰例祭も取材してたんですけど、で、また周辺にその同世代で日光の社員もいましたし、 で、ま、いろんな人の話だとやっぱり分からないまでいいのかっていうのがすごくあって、 で、ま、いわゆるドキュメンタリーやそのノクションだと全ての裏付けがないと、ま、なかなか解明できない。 だから小説の場合はある程度いろんな情報の中から、ま、そのコではないかっていう 1 つの提案ができるんじゃないかと思ったんですね。 で、ただ結果的にはやっぱいんな事情があって、ちょっとそこは断念したんですが、ただその後やっぱりその陰謀的なお話がいっぱい出てきて もっと頑張って取材すればよかったって思う一方で 40 年って結構重要で例えばアメリカの公文書が割と開示されるねったりするんですよね。で、明らかにボーイングはアメリカ政府には絶対報告してるはずでただ密文書になってる。 だからこれから秘密の文章が解示されていくことによって何があったのかだこの陰謀とか何があったか分からないままっていうのはもう全ての当事者にとっては福でしかないです。そうですね。 あの悲しみのカブを剥がすのかっていうその意見はあるんですけどそれよりやっぱりこれだけの年月が経てば何があったかっていうことをやるべきなのかなちょをちょっとあの今日ここに呼ばれたことも含めてですね。 あ、 なんかやっぱりうんもっと早くやるべきだったのかなっていうのはすごい思ってます。 本当ですね、 教訓をついでいくためにも必要なことですね。 はい。

520人が亡くなった日航機の墜落事故から40年。私たちは、事故の翌朝、捜索活動にあたる自衛隊の活動の記録映像を新たに入手しました。また、墜落機を発見した自衛隊のパイロットが初めてカメラの前で証言しました。

■「8月12日だけは涙が流れてしまう」日航機墜落40年

弟を亡くした 小林由美子さん
「『40年間笑顔を忘れないで頑張ってきたよ』『でも8月12日だけは、我慢していた涙が流れちゃうんだ』というようなことは(弟に)お話して」

日航機が墜落した群馬県・御巣鷹の尾根。今年も遺族らが“慰霊登山”をおこないました。

今年、慰霊登山に初めて参加した俳優の黒木瞳さん。事故で、宝塚歌劇団の同期生を亡くしました。

黒木瞳さん
「早く来たかったんですけれども、自分の中で、どうしても認めたくないという思いが強かったので、ここに来たら本当に認めなきゃいけないという思いがあって。本当に山の中で、しんどかったんだろうなと思います」

遺族らは、亡き人への祈りとこれからの空の安全を願いました。

■「今でも脳裏に刻まれている」墜落機発見のパイロット

JNNが新たに入手した墜落事故の翌朝、現場で生存者の捜索などをおこなう陸上自衛隊・第一空挺団の活動記録の映像。

煙がくすぶる山。なぎ倒された木々の中には、破壊された機体がいたる所に散らばっている様子が写っています。隊員たちは、その残骸をかき分けながら必死の捜索を続けていました。

事故当日、羽田空港で撮影された123便の離陸前の様子。

午後6時12分、大阪に向け出発した123便は伊豆半島上空に差し掛かったところで異変を起こし、旋回を続けていましたが、その後、信号が途絶えました。

そして、午後6時56分、日本航空123便が墜落。それからまもなく、茨城県の百里基地から 2機の戦闘機が捜索に向かいました。

その戦闘機に搭乗していた航空自衛隊の元パイロット・渡辺修三さんと南尚志さん。今回、カメラの前で初めて証言しました。

離陸した際は、情報が錯綜していたといいます。

渡辺修三さん(当時二等空尉)
「最初のインフォメーションは、『飛行機、米軍か何かが落ちた』」

南尚志さん(当時三等空尉)
「『民間機が行方不明になった』みたいな。日航のジャンボ機なんて、すごく大きな飛行機が落ちたという認識は全然ありませんでした」

基地を出てから約20分後の午後7時15分に、123便の信号が途絶えた地点に到着。あたりは暗く、薄雲で覆われていて上空からの捜索は困難を極めました。

しかし、その5分後の午後7時20分。

南尚志さん
「ぱっと雲が切れて、そしたらオレンジの明かりがドンと急に、ブワッと燃えているのが見えた。墜落して火災を起こしたと瞬間的に理解して、本当に絶句でした」

渡辺修三さん
「炎の色と燃えている状況、今でも脳裏にはしっかりと刻まれている」

一夜が明けた13日午前8時半ごろ、陸上自衛隊第一空挺団が現場に到着。生存者の捜索、地形の把握などの任務のため活動を開始しました。

小隊長として活動にあたった岡部俊哉さんは、想像を絶するほど悲惨な状況だったと話します。

岡部俊哉さん(当時二等陸尉)
「ディズニーランドの帰りだというのがわかるキャラクターのぬいぐるみがかなりの数落ちていました。人間がこれだけボロボロの状態になってるのに(お土産の)ぬいぐるみが綺麗な状態で残っている。人間ってこんなに脆いものか。むなしさとか苦しさが同居してるような思いだった」

部分遺体が散乱し、「生存者がいるとは思えない」そう感じていた岡部さんの元に、生存者発見の知らせが届きます。

岡部俊哉さん
「この地獄から生還された奇跡は、驚きとともに、生きていてくれて本当に良かったという思い」

■垂直尾翼の約6割を損失 123便墜落の原因とは

123便の墜落の原因は何だったのでしょうか。

異変が起きたあとの123便の機体を捉えた写真。このとき機体は、飛行バランスをとるために最も必要な部分、垂直尾翼の約6割が失われていました。

飛行中に機内の気圧を一定にするための「圧力隔壁」が壊れ、その衝撃で、垂直尾翼が破壊されたのです。

バランスが取れなくなった機体は、左右に傾きながら蛇行、そして墜落となったのです。

墜落の7年前、この機体はしりもち事故を起こしていました。

1978年に撮影された映像からは、機体の後ろ側が損傷し、黒く焦げているのがわかります。この時に「圧力隔壁」が損傷。修理は製造メーカーのボーイング社がおこないました。

しかし、墜落事故後の調査で、その修理が不適切だったことが判明。ボーイング社もそれを認めました。

■なぜミスが起きたのか 修理ミスめぐる警察との“攻防”

なぜミスが起きたのか。

警察はボーイング社の「修理指示書」を問題視しました。ボーイングの修理チームの「技術部門」から「現場部門」に指示されたものですが、丁寧な書き方とは言えず、修理はこの通りにおこなわれませんでした。

警察などは訪米し、ボーイング社の修理担当者などから聴取を試みましたが実現せず、なぜミス…(https://newsdig.tbs.co.jp/list/article?id=jnn-20250813-6254293)

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