【映像資料】徹子の部屋 栗山千明 1/3
[音楽] 今大変人気のまずモデルさん、モデルではクールビューティと言われてらっしゃる本当におしい方なんですけど、あと女優さん、 CM、 その他色々ご活躍でいらっしゃいます。クリア町さん、今日のお客様です。よくやってください。 [音楽] よろしくお願いいたします。 で、あの、ご本人は、え、クールビューティと言われてあったんですけど、素直はどういうのか、今日はそこそこちょっと伺わしていただきたいと思っております。 [音楽] ま、非常におしいモデルさん、モデルさんはなさいますとかクールビューティと言われてらっしゃるんですけど、女優さんとしてまた映画その他売れこでいらっしゃいますさん、今日のお客様です。 ありがとうございます。よろしくお願いします。 よろしくお願いいたします。もう今日も本当可らしいお洋服でなんか新しい感じで随分髪の毛も綺麗に はい。 あの、最近では結構、あの、髪の毛を作ったりとかもしてるんですが、 ま、元々私といえばこう 今日の髪型のような形だとはい。思うので、今日初登場ということで初演されて、初ございます。え、そうです。こ はい、意識しまして、 私らしい髪型にしてみました。 元々はこれが本当の私ですという が多いですね。はい。うん。こういう感じ。 髪の毛長くして、ま、カーネーションで全部ご覧になった方多いと思いますが、あれはちょっと、ま、また頭はちょっとね、違うような感じでしたけども、あと青時カーネーションと同時に時代劇も親父で、 その他にもドラマでなんか3 本続けてやってらっしゃんで一緒に なんか大変だったとかって はい。 去年の年末はその3 つほど駆け持ちしていたので、それこそカーネーションでは岸田弁って方言がそう あり、あと時代劇では時代言葉だったりあったので、こうセリフが混乱してしまうことも たまに岸田弁がどっかとんでもない時に出たりしたんですって。なんか そうですね。あの、あの、普通のセリフ現代劇の時に方言が出てしまったりうん。うん。うんうん。 っていうことがあって、でも私今まで駆け持ちをすることがなかったので すごくあの貴重な体験をさせていただいた。 そうね。ちゃんと区分けしてこの役はこの役はっていうのやるのはね、 ま関東のご出身。 あ、はい。そうです。 だからあんまり関西弁は普段喋ってらっしゃない言葉。 [音楽] そうですね。あの方言でお芝居すること自体が うん。ほぼ初に近かったので。 あ、そうですか。 ま、とても難しかったですね。 ま、特に岸田弁っていうのも私もあれ拝見してましたけれど、 なんか難しそうな感じでしたね。 ありがござい。そうですね。関西権の方でもやっぱり独特だっておっしゃっていたので うん。 私からしたらもう本当に難しい未知ないでも覚えてセリフは全部あのもちろん覚えるんですけどあのそのイントネーション全部覚えて 親になるっていう はい。そうですね。でもついこう感情が入りすぎてしまうと やっぱり今までずっと使っている そうですよね。はい。普通の言葉、 普通の言葉の方が出てきてしまうことも結構多かったんですけども頑張りました。 うん。そうです。本当に頑張ってね。本当にあの人気もあって本当にあの、ま、カネション自体が面白かったこともありね、あなたもとっても良かったと思います。 ありがとうございます。 で、ものあのクールビューティのこういう感じを散々皆さん今見ていらっしゃいます。こういう感じなんですけど本当のあのご自身はどういう方なんでしょうか。え、非常になんか面白い方と伺っているんですけども はい。 あの、こんな若いのに迎歴が22年。 まあ、そう言ってしまっていいのかわからないんですが、 いいと思いますけど、 私、あの、事務所に所属したのが5歳の時 あでして、私今27歳になんですが あ、そう。じゃ、モデルですかね、5 歳の時は。そうですね。 当時はあのずっと、え、チラシだったりティ、 Tィ のファッションなどで、え、モデル業させていただいてまして、 モデル業はい。 ただ私、あの、実はですね、えっと、小モデルになりたかっ、 あ、ごめんなさい。今出てる。これは、えっと、 13歳ぐらいではい。 ティンの雑誌のモデルをしてらっしゃい。 はい。 なんか子供番組を見ていらっしゃって、そですけど、あの、子供たちが出てるの見て芸能会にちょっと行ってみたいっていうお気持ちが出て うん。そうですね。あの、本当に5 歳の頃はそのテレビの中がなんて言うんですか?お仕事っていう感覚って分かっていなくて、 え、小さいから はい。単純にそこにテレビに移し出される子供たちを見て私もこういう風にしたいっていう憧れ でやらせていただいたんです。 ですけど、実際にこう世界に飛び込んでみるとその中でもいいお仕事があって まねはい。 その中で、ま、先ほどのT とかでモデルをさせていただいたことがきっかけで小モデルさんに なりたいなっていう夢を思ったんですが、え、 実際、え、中学2年生、14 歳ぐらいまであのモデル業を主にしていたんですが、身長が思った以上に飲みなかったんです。 [音楽] 飲みたかった。はい。私今160 ちょっとなんですが身長がお はい。やっぱり小モデルさんって言うと 70 以上まとかね、そのぐらいとかいうぐらいなんで はい。なのでちょっと挫折と言いますかも違う道も あるのかな。 そう。本当はもっと伸びるはずだったんだ。つもりでたんですが はい。小学校5 年生ぐらいの時に止まってしまいまして。 あ、じゃその時はもう大きい方よね。5 年生ぐらいでは。はい。そうなんです。 小学校5 年生からほとんど今と変わらなくて、 それこそ洋服とかも未だに来ている小学生時代の服とかもあるぐらい身長も体系も もっとやれるのはい。 それすごいわね。そうなんです。うん。 ま、でもそんな風にちょっと挫折感がある時に あの四国という映画であのお芝居を初めてあの経験させていただきまして、 ま、それからですね。 モデルじゃなくてそうですね。 ま、その映画がきっかけかなと思ってます。うん。 その頃ですかね。お話があって14 歳の時にあの深さんの映画に あはい。お出になった バトルロアイアルはえっと15 歳ぐらいの時なんですけどそうですね。 15 歳作二さんの医作になったと言われてますけどもそれはそれで良かったんですけどその映画をご覧になったタランティーの監督が はい。あなたのことをとてもして うん。公栄です。そうですね。 はい。 それであのキルビルという映画に出て はい。 いかがでしたこうの映画仕党お出になるのって。 はあ。ま、それまでもうん。そんなに経験が長いわけではなかったので うん。 まあ正直どこが違うっていうとやっぱり時間のかけ方だったり ええ。 そのやっぱりスケールの大きさという相当テがすごかったですか。うん。 うん。うん。いうのはやはり感じましたね。まずあのアクションがあったのでアクションのトレーニングで 3ヶ月ぐらいロスで あの滞在してトレーニングだけではい。 イワシンとかそのぐらいの そうですね。あの体作りも含めて3 ヶ月ロスに行って 撮影が始まって私だけのシーンでも撮影2 ヶ月かかっているんですが 全体を通すと1年かけて撮影をして すごいわね。 そのあなたがそのやってらっしゃるところがあるんですけど、ちょっとアクションなのね。 あ、そうです。はい。 そのアクションのところだけでも2ヶ月 そこの1シだけでもお稽古2 ヶ月があったっていうそのシーンがちょっとありますのでそれちょっと皆さん見ていただきます。 相手は今さん はい。そうです。 誰も17歳ぐらいの時なんで うん。もう10 年前と思うとちょっと恥ずかしいですね。 でも可いい。うん。 [音楽] これは北京のスタジオで北京 はい。スタジオの中にこうこのセットを作ってはい。 まるまるもう一見屋のようなセットを作ったので す。お願い事のつもり。 そう手に持ってらっしゃるのは怖いんですよね、これね。 はい。あのボールっていう名前がついている武器なんですが。 うわ、 これだけであの4つぐらい、3つ、4 つ作ってはい。軽いものから重いものからいろんなタイプのも作って。 これですね。2ヶ月もこのためだけによ。 うわあ。 はい。すごい。 うわあ。すごい。 刀とかとは違って元々ない武器なので うん。 その教えてくださるアクションの方も うん。いろんな動きを一緒に考えながら なるほど。はい。 あら、すごい。あららららら。 まあ、若いな。 [笑い] でも、あの、不気味な笑い方とかあいうのが皆さんやっぱりちょっとね、欲しいっていうことがあったんだと思うんですけど。 うん。 すごい。でも今のシーンはあれ、やっぱり望しなきゃあんなのね。 そうですね。元々正直私あの運動全般苦手な方なので。 あ、そうなの。うん。 はい。なのでちゃんと練習させていただいたから本当にああいう風にできたなと。 でもあれは今拝見しててもうんとう重いものと彼女にぶつかるのはそんな重いんじゃないのとか色々変えてやってしたんだと思うんですけど やっぱり怖いですよね。ああいうのって相て刀持ってんだし。 そうですね。でもあの私自身意外と自分で使ってる武器っていうのは自分に当たることはないんですけど あ、あれないの? はい。周りの人に当ててしまうことが結構あって はい。自分にぶつかったら相当痛いでしょうもんね。 うん。 それこそあのカメラの方向に向かってあの投げてくれってクエンティンから指示があった時に そうしたらそのカメラの真横にいたクエンティンの顔面に当たってしまったりして うはいごめちゃ
