味道|インタビュー 落合務(ラ・ベットラ・ダ・オチアイ)

もそれをやっぱりずっと追い求めていくっ て追い求めるたらオーバだけどさま昨日よ か今日のがうまく作れんじゃねかとかさ 絶対今日よか明日のがうまく作れんじゃ ないかとかそういうことを考えながら作る のがミドっちうんじゃないの味の道 [音楽] って職そんなに特に興味はなかったって いうか普通にまカツ丼大好きみたいなそう いう子供でした よで僕がフランスルやるって言った時に父 がやめろてフランスルなんかあの海のもの とも山のものとも分からないそんなよその 国の料理をやるんだったら寿司屋になった 方がいいんじゃないかとただその言った ことに対して僕は反発したかったから嫌 だってま俺はあのせよの国なるって言った の たまたま父にもう逆らいたいそれだけです よあそこででも父がま肯定したから今ある んで ね日本橋の洋食屋さんに行ってそしたら その人がすごくいい人であこう丸の1会館 で収用なされた方ですこういう人がいる からそこの行きなさいとで確かに調理場見 たらすごく大きいしでよろしくお願いし ますみたいな感じで入ってただ先輩たちと かそのシェフという人たちが非常になんか 目をかけてくれたみたいな気はしてます ね2年くらい経ってからですかねやっぱり ホテルニ隊にちょっと関係ある方とお 知り合いになってホトになら話してやる よって感じになってでたまたまえ10月 にして1111月3ヶ月くらいで調理場で 決意が出たみたいで楽しかったですよ ホテル生活は ああやっぱりこういうところからフランス 料りて始まるんだなと思って本格的に勉強 しようと思いましたから ね当時からやっぱりフランス行ったの行か ないのって話がちらりほらとと飛びかって たんですけど社長にまた呼ばれてそのおち 君あのフランス行きたかったんだよなって 言からで行ってきていいよっていう風に 言われてそっからですよ物語が始まったの は全てへて感じでいいんですかて感じでま あの社員と一緒に1ヶ月半くらいかな1 ヶ月の10日くらいだったかヨーロッパ こう旅行させてくれたんです よなんだかんだすごいいい旅行だったです 食うだけですから ね1年くらいしたのかなもうもはっきり 覚えてないんだけどでイタリア行かないか の話出たんですよあいいですよとまた 行かしてもらえんですかつっていや今度 どのくらいなんですすかてことになって いやいやあんたちょっとイタリア料理を 勉強してほしいなえて感じでイタリアエ ですかて感じでさちょちょちょっと フランスじゃないのかよって感じで印象に 残ってんのはそのお店のその技術とか知識 とかそういう分でねローマで2店舗 シチリアで1店舗あるこれはやっぱり印象 に残ってますね名前はねまだ覚えてない チェレスティーナてお店ですねローマがね あとトゥイリオてお店これもローマ シチリアがねグルマンズってお店このお店 はね本当シェフがね皆さん本当すごいなん てつうんでしょうイタリア料理の技術と 知識を持ってるお店でこのお店での僕修行 ってのは今に全部こう生きてる感じがし ますで1981年のえ夏過ぎに来年じゃあ このお店を回送してイタリア料理する ぞってことになって社長が良かったの イタリアもとこうやって言ったの俺にあ はいもう最高でしたイタリア何が良かった から全然考えてなかったわけですよ何が 良かったなんて言うのかなちょっと フランスとは違うあのフレンドリーな サービスあのフレンドリーなサービスと ですねちょっとあまり素材に手を加えすぎ てないいじりすぎてないって言うんですか ねあの素材を生かした料理ポジティブに 言ったわけいや俺もそれが好きなんだって 言うんです社長があの一言であよかった俺 てる運命あそこで変わったなってもあるし ね1997年に回転する前にイタリアには ベッキベットラって店があるんですよ僕 その店は働いたことないんです好きで何回 も言ってたんですけどフィレンテにあるん ですけどね2000リラと2200リラ 当時ね700円とかそんなもんだったん ですよ僕がいるでそういう定食屋だったの ね2種類あって魚と肉がエベ定食でで帰り にいいくらって言うとお前ワイン飲んだで 俺友達2人言お前ワイン飲んだあ俺飲んだ お前は飲まないじゃお前22000何百 お前が2000Lとかってこうワイン飲ん だら例えば50円アップみたいな 感じ飲んだか飲まないかなん何杯飲んだか じゃないんだでも自分でそのやめるって 決めた時点でそのベッドだっての頭にこう 浮かんだんですよどうせやるんだったら こういう店がいいかなって感じ ででラベットラで落ちちゃこれにしようと 思って決めたん です最初の1週間くらいはね全然来なくて いやあちょっとやべえなって感じだったん ですけどま10月になってからなんか チチチチ忙しくなってなんか忙しいのが やっぱ続くといいなと思ったらなんか予約 が入るようになってで10月の末とか11 月の末には年代予約いっぱいになりました とかって言ってるわけさマジすげえとか 言っていやてさねこれ来年もできるぜ みたいな感じで やっぱりそのいいことばっかりじゃない じゃない人生でまいいこと悪いことって 言い方も失礼だけど悪いことの判断は自分 でするわけでしょで悪いことの判断は後で 分かるわけじゃないああん時あれだ良く なかったんだとかでもそれはそのなんで 分かるかっつうと何かの失敗を感じたから 分かるわけさやって後悔する立ちだから やるよ [笑い] ねあやんなきゃよかっただったら後で わかるわけだからま社長とお会いしなけれ ばイタリアに行く機会もイタリア レストラン開けていただく機会もなかった しでイタリアスラ開けていただいて今度 そのフツロさんが入ってくれてランドリ さんに話してくれてランドさんが何度か 通ってくださっ て彼が悪くないと思って声をかけてくれた ことがなかったら今がなかったですね あそこで話する機会なかったらだいぶ運命 変ってたと思いますね 食の道ってのはあるんだろうけどま終点 ってないんでしょうね自信たっぷりで仕事 してる料理人って本当にいるのかなって僕 は思うんですね俺の作るも間違いあるわけ ねえだろ若野郎ってそれ口では言うけど その人の心に入ってみたい のだからずっと旧道車ですよ多分 もそれをやっぱりずっと追い求めていくっ て追い求めるたオーバだけどさま昨日よか 今日のがうまく作れんじゃねえかとかさ 絶対今日よか明日のがうまく作れんじゃね かとかそういうことを考えながら作るのが ミドってうんじゃないの味の道 って完璧はありえないでしょいやいや今日 なもうどう見たって150点だぜあるかも しれないよじゃあその次の日それと同じ ことできるかちゃなかなかそうは人間いか ないしね そういうことじゃないのかなその味の道 っていうの はだから別にそれ味の道っての自分のため 自分のためっての人のためでしょ人が喜ん でくんなきゃそれ自分のためになんないん だ私にとってミドと は1番嫌いな言葉なんです けど悩み続けることか なさ

「完璧はありえないでしょう。ずっと、求道者ですよ。」

日本のイタリア料理の先駆者にして、今なおイタリア料理界を牽引するラ・ベットラ・ダ・オチアイの落合シェフ。落合シェフの半生、そして味道を追いました。
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日本食
新井均(天孝)、栗栖正博(たん熊北店)、黒木純(くろぎ)、佐々木浩(祇園さゝ木)、杉山衞(銀座寿司幸本店)、高田晴之(たか田八祥)、野永喜三夫(日本橋ゆかり)、堀井良教(更科堀井)、松尾英明(柏屋)、村田吉弘(菊乃井)、和田利弘(バードランド)、林亮平(てのしま)、岩本公宏(日本橋いづもや)、笠原将弘(賛否両論)、横田昌之(人形町今半)、近藤文夫(てんぷら近藤)、瓢亭(髙橋義弘)、木乃婦(髙橋拓児)、木田康夫(祇園 きだ)、西川正芳(祇園にしかわ)、料理屋まえかわ(前川浩一)
魏禧之(一之船入)、脇屋友詞(トゥーランドット)、成毛幸雄(神田雲林)、田村亮介(慈華)
フレンチ
上柿元勝(カミーユ)、山口浩(神戸北野ホテル)、菊地美升(ル・ブルギニオン)、熊谷喜八(KIHACHI創業者)
イタリアン
奥田政行(アルケッチァーノ)、落合務(ラ・ベットラ・ダ・オチアイ)、片岡護(アルポルト)、山根大助(ポンテ・ベッキオ)、鈴木弥平(ピアットスズキ)、薄公章(築地ボン・マルシェ)