★☆楽曲データ☆★
『スパイの眼』
宝塚歌劇『銃後の合唱』主題歌
作詞:坪井正直
作曲・編曲:津久井祐喜
唄:華澤栄子・花村由利子
合唱:宝塚少女歌劇団月組生徒
伴奏:宝塚オーケストラ
レコード番号:コロムビア 100168
1941年1月新譜
収録アルバム:『あなたは狙われている ~防諜とは~ スパイ歌謡全集』(ぐらもくらぶ 2014年)

★☆投稿者による独断と偏見に基づく長いコメント☆★
 CD復刻・発売元のぐらもくらぶさんには申し訳ないのですが、1曲だけ。
「戦前の宝塚歌劇」に何となく淡い憧憬を抱いている皆さん…には、少なくともこの歌は落胆させます、ゴメンナサイ。勿論宝塚が当初から「華やか」で「夢」を提供する舞台であったのは事実(『すみれの花咲く頃』や『モン・パリ』は名曲です!)ですが、いざとんでもない全体主義と恐ろしい戦争に巻き込まれてしまうと「夢」はどうなってしまうのか?
 それが「怖い」と「笑い」が織りなす絶妙なハーモニーで楽曲化された例を知ってもらおう、というワケでひとつご用意しました。
 この滑稽なぐらいに陽気でハイテンションだけれども、「道端、家の中、駅、海岸…。日本中どこもかしこもスパイによつて監視されてゐる…。国民は秘密を一切洩らすな…。バレバレのおスケスケになツてしまふぞ…。注意しろ…。洩らす輩は非国民だぞ…。」といった変な歌詞が「笑える」を通り越して「企画して作った人…正気?」と不安になるほどに「異様」かつ「監視妄想」っぽい、1941年発表の『スパイの眼』という歌。

 なんでこんな歌になったのかは説明が要りますね。「スパイ」の概念は近現代世界史においてはとても重要なキーワードですが、日本でもWW1以降当局はスパイに敏感になり、国民に「スパイに気をつけろ」というメッセージを徐々に届けてゆくことになります。わけて明治期に制定された「軍機保護法」が1937年に改正されると各地で防諜組織が結成され、1941年には「国防治安法」の制定で監視社会は一層強化され、検挙も行われて人びとの暮らしはますます締め付けられていきます。『スパイの眼』のような「防諜歌謡」は、そうしたプロパガンダをレコード会社が「明るく楽しいエンターテイメント」として国民に向けて発売したものの一環ですが、こんなに異様な歌詞なのに曲調が陽気なのは即ち心理学でいう「ギミック・ディフェンス(躁的防衛)」、つまり「敵の目に怯えているからこそ陽気で明るい歌で防御し、国民をじわじわ洗脳してゆく」という心理作戦に他ならないのです(この段落、CDライナーの辻田真佐憲による解説に基づく。因みに『あなたは狙われている』は貴重な「防諜歌謡」を集めた好盤で、近代史・戦史・社会学を学ぶ方にもおすすめです。ステマじゃありませんが、興味のある方は在庫のあるうちにどうぞ)。

勿論今は21世紀!アジア・太平洋戦争期と違って自由にものが言える民主主義の時代、しかも新聞やテレビばかりでなく「インターネット」で「いつでもどこでも何でも『情報』が易々と手に入るのが当たり前、もう何でもスマホに聞けばわかるんだもの、だからこのワタクシこそはデマやフェイクニュースになんかひっかかるワケなんかないですよね~」のご時世です。
 しかし、ここが曲者。われわれが毎日のように使う「SNS」なんて初めから「監視社会」を容易くシミュレートするためには恰好の媒体であること。なおかつ、これはゼロ年代以降の社会学の研究書でよく書かれる話ですが実は「インターネット」、特に「GAFA」というものは「完全な自由が保障され」て「何にでもなれる、何でも名乗れる、何でもわかる」かのように見えて実は「GAFA」に個人情報が筒抜けで「GAFA」に情報が搾取されてしまうこと(この動画をご覧のあなたも投稿する私もそれは同じです)。このあたりを「現代」と「近代」を繋ぐキーとして読み取り考えていただけば、投稿者も本望です。

桔梗刈萱 Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ
2020年11月28日投稿