「さて、勢いよく出てきたはいいものの勝算はあります?」

主の問いに答えたのは巴御前だ
北欧異聞帯以来の第三再臨(ぜんりょくけいたい)、鬼としての己を受け入れた姿の彼女は述べる

「やはり弓で御座いましょう。過去に源頼政さまが頼光さまの弓を用い、従者である猪早太殿が短刀骨食で止めを刺したと聞かされています」

平家物語の鵺退治
それがそのまま当てはまるかは解らないが

「その逸話の再現を狙うとすれば……」
「ーーはい、この巴の宝具で射落とした後、紅閻魔先生の一太刀で仕留めるのが得策かと」

巴御前の宝具は弓による一撃。魔性殺しの逸話こそ無いが、召喚されてから得た神性殺しの特性がある。ある程度の補正は期待できると思われるが、

「その作戦、巴が真っ先に狙われまちぇんか?」
「そうなります。しかしこの方が手っ取り早いですし」

巴御前は見、そして口にした。

「勝つと信じているのですよ」

主君と姫、そして彼女達の在り方そのものである盾の少女を
願い無き英霊巴御前が再びを願い血脈を恐れなくした存在達を
紅閻魔はその物語を知らない、しかし

「ならば巴様、お願いするでち」

普段、彼女を前にした時には使わない敬称を口にする
尊敬しているのだ。教師と生徒の立場でさえなければだが
人と鬼の狭間で生きた巴御前の在り方を、願い尽くした生涯を

ーーまあ料理を教えるのには妨げになるのでちが

そもそも彼女が料理を学ぼうとしたのも変革なのだ
料理を作ってあげるというのは一つの「願い」だ
それを彼女が得られるようにしたのは切欠があったからだろう
勿論、座にいればそれは「記録」でしかなく、何故料理を始めたかまでは解らないだろう
作ってあげたいと思える人は確かにあるまま、作ってあげるという願いなく、故に上達の妨げの一つになる

しかし、今の彼女には、その欠けていた何かが確かにあった
切欠を作った何かがそこに居たのだ
全ては知らなくとも、それが何かは解っていた
あの正直者だ。あの正直者が何かをやり遂げたのだろう

巴御前が「様?」ときょとんとしているがそれはまあ置いておこう

「……トモエは脱落しましたか」
「はい。ですが宝具は命中、後は仕留めるだけなのです」

負傷した巴御前と入れ替わりにマシュ子がそこに居た
確かに鵺には紅閻魔の宝具の一撃が入ったのだが

「全然倒れませんね、旦那様」
「思えば骨食で切りつけた回数は諸説あるんですよね。一太刀で済んでいれば9回刺したともありますし。それすらも正確なものかどうか」

「当たり前だ!どれだけ強がろうとも500年分奉納されてきた神気だ!キヒヒヒ……おめおめと逃げ帰っても良いんだぜぇ?」

こうなると別の手に切り替える事も視野に入るだろう
勝ち目の無い戦いなら撤退するのが得策だ。しかし

「撤退は無しです。ここは退くことの出来ない一戦。だから」
「私が紅閻魔さんを援護し、攻撃の機会を増やすと言う事ですね」

彼女達は諦める事を選ばなかった
少女は前に出て、盾で落雷を防ぐ
視線と戦意は前を向いていた

「お前様達、まだやるのでちか?」

思わず問が溢れる。それに対し

「はい。一人の従業員として、未来の客としてここを失わせたくありませんから」

盾の少女は視線を前に向けたまま答えた

ーー未来のお客様でちか

数日前、紅閻魔はこの少女を番と呼んだ。しかし

ーー前向き精神もここまで似通うとは思いまちぇんよ、普通は

番の片割れである彼女との話を思い出す
彼女の世界は明日があるか解らないような真っさらな世界と聞いた
多くの喪失があることも、背負うべき責任があることも聞いた

そんな中で未来を語る事は重荷だろう
しかしそれでも未来を語るのだ

「行けますか、紅閻魔さん!」

ならばその声にはこう答えるべきだろう

「勿論でち!あちきはこの宿の女将でちからね!」

絵空事と言うようになったのはいつ頃だろうか
事実とは違うこと、事実になっていないこと、事実とは違うこと
それら全てを『嘘』であるとしたのはいつ頃からだろうか

今を生きる彼女達は、あらゆる事実に背いている
世界を失った事実を、勝てない事実を、未来がないという事実を

それが叶うだなんていうのは一つの法螺話だ
それなのに求め抗う彼等は

ーーまるでおじいさんの法螺話を信じた村人達のようでち

やさしい嘘を付いたおじいさんは1人きり

「おじいさんの事を考えてますか?」
「なんでその事をしってるでちか!?さてはエスパーでちね!?」
「いえ、旦那様から教えて貰いましたので。夫婦間の隠し事は無し、それが家庭円満の秘訣です」
「さ、最悪でち!幸せの為に雀のぷらいばちーが侵害されまちたよ!?天罰が落ちるでち!」

直後天罰が落ちた。正確には鵺の一撃だが
まともに入った筈なのに清姫はぴんぴんしている
いや、手足の骨が折れているのは目に見えるのだが活力が尽きる気配がない

清姫が一番変わったでちょうね……と考え、ふと疑問が沸いた

「嘘つき嫌いの清姫は、どう思っているのでちか?」

彼女の旦那はこう言った
ーー本当にそうでしょうか、と
あれは彼女なりの精一杯の嘘なのかと思ったのだが

「そうですね。法螺吹きではありますがわたくし的には嘘つきではありませんね」

紅閻魔はありえない解答を聞いた
嘘嫌いの彼女は誤魔化しや誤認こそあれど、事実にそぐわない事は言わない
つまり、この清姫は紅閻魔が見えなかったものが見えていると言うことだ

「何故そう思うでち?おじいさんはあちきの事を語らなかったのでちよ」
「それは誤魔化しではあれど、事実としては何一つ背いてないじゃないですか」
「何一つ?」
「だって地蔵様は六道に現れる救い、特に地獄に対する救いとして信仰されております。確かに雀の姿をしていたとは仰っていませんが、何一つ嘘は言ってませんよ?」

物凄い超理論を聞かされているのではないだろうか
いや清姫は元々そういう娘であったのたが旦那様を得てから外面はまともに中身がもっとえげつない何かに変貌した気がする

「そもそも法螺話は嘘ではないのです。伝え聞かせたいものがあればそれはお伽噺として後世に伝わるもの、世にある物語を『これは嘘です』だなんて言うものではありませんし……」

更に清姫は続けた

「『中身を伴う真実』にしようとするよう願った言葉を、わたくしは『嘘』とは呼べません」

再び清姫の身体が吹き飛ばされる
力の差は事実、それなのに戦おうとする清姫は『嘘』なのか

違う

清姫は何一つ嘘にする気がない

それは、それは全て

● 

「……おい、いい加減諦めたらどうだ?」
「は?何言ってるんですか?そしたら私嘘つきになっちゃうじゃないですかー」
「よくもまあ、ぬけぬけと……俺を出し抜くにあたって芝居を打ったくせに!」

鵺は叫ぶ。何か一つでも陥れなければ気が済まない
特にこの女。何一つ間違ってないような顔をしているこの女を

「お前、自分が正直者だって言ったけど、そいつぁ違うよなあ……?」

この女を否定しつくさなければ気が済まない

「俺とお前達は何も違わねえよ!」

言ってやった
お前は俺と同じ『嘘つき』だ
お前は決して『正直者』ではない
言ってやった

この事実に対し、あの女は

「は?何か勘違いしてませんか?」

笑っていた。

「確かに演技の中には嘘を交えて語った人もいます」

けど笑っていた。何故なら

「だって私、あと清姫さんは一言も嘘は付いてないんですよね」

何一つ道は外れてなど居なかったからだ

「は?」
「例えば『えっ、フィン・マックールをご存知でない?』という発言は、別にフィンさんにそれだけの力があるだなんて言ってません。『知っていたら嘘か本当か解りますよね?』という意味合いの問い掛けにしか過ぎません」
「へ、屁理屈だろそいつぁよォ!」
「ははは!そこが私が一番考えさせられた所だからねぇ!如何に嘘を二人に語らせず、君を自爆させるか。その脚本を考えるのは苦労したさ!だって彼女に書かせると我々すらも『嘘』が言えなくなるからね!」
「フィンさんナイス仕事ー!」

イェーイ!と戦域の外で神気の拡散に努めているフィンにアピールした後、鵺を指差す
全員解っている、こうなったこの女は厄介で、口が止まらないと

「いいですか?私達は確かに芝居を打ちましたがその始めにこう言った筈です『そんな事はさせませんよ』と。これが本題なんです」

女は前提条件を語る。貫くべき真意、芝居の芯である部分を

「ーーそれは今も変わらないんですよ!」

押し通す。そして女は言葉を続ける

「何度でも言ってやりましょう!『そんな事はさせませんよ』と!」

馬鹿の強がりだ。しかし女は言葉を続ける

「私は”自由な人”エルトリス!誰よりも自由な人、正直であろうとする人です!」

自らの存在を示した。さらに女は言葉を続ける

「だから正直に言います、この一線は譲れないと!何故なら」

女は言葉を続ける。何故なら

「何故なら、ここ願いを遺して行きたいからです!」 

それは、彼女の願いだからだ。

「いつかまた私達がここに訪れられるように!」

語る。来るかもしれないいつかを、来ないかもしれないいつかを

「いつか紅閻魔さんがおじいさんに会えるように!」

語る。来るかもしれないいつかを、来ないかもしれないいつかを

「そして、いつか紅閻魔さんが納得の行く恩返しが出来るように!」

語る。来るかもしれないいつかを、来ないかもしれないいつかを

「全ては『いつか』の話です。今は事実でないことです、それでも」

それでも、女は言った

「私は、それを嘘の話だなんて思わない。だって」

女は些細な事を言った

「また、紅閻魔さんと楽しい時間を過ごしたいから」

言葉と同時に蒼炎が走る。清姫の宝具によるものだ

鵺はただ圧倒されていた

無力な小娘の

ちっぽけで

しかし全てに重さが伴った言葉に

ーー鵺は怯んだのだ

「紅閻魔さん」

雀は我に帰る
もしかしたら、と考えた思考を止めたのだ

ーーもしかしたら、おじいさんは不幸せではなかったのかもしれまちぇん、と

この少女のように自分に会う事を楽しみにしてくれていたのではないだろうか
そう考えようとしたが、止めた

ここで結論付けたら願いが鈍る。それはここに居る誰もが望んでいない

「裁定を下すでち」

太刀が走る

「ーー確かにお前様は正直者でちね」

その一太刀は何かを断ち切った