世界が後から気づいた、日本の名曲

声を失った少女が作った1曲が、35年後に世界中で愛されます。

竹内まりやは、大学時代のレコーディングをきっかけにデビュー。
しかし待っていたのは、本人の意思を無視した仕事ばかりでした。

バラエティなどで無理な企画を続ける中、心は限界へ。
やがて日常でも涙が止まらなくなり、ついには声を失ってしまいます。

歌えなくなった彼女は、表舞台から姿を消します。

そんな中、のちに夫となる山下達郎の助言で楽曲制作に専念。
そこで眠っていた才能が開花します。

1984年、アルバムを発表。活動休止中で大きな宣伝もない中、オリコン1位を獲得。

そして約35年後。
収録曲の「Plastic Love」がYouTubeをきっかけに世界的ヒット。

日本のシティポップは、世界で再評価されることになります。