松田聖子物語(中山圭子編)

ようやく父の許しを得た蒲池法子ですが芸能事務所には何社も断られ続け、やっとサンミュージックに所属します。ところが、サンミュージックではすでに中山圭子の歌手デビューが決まっており、蒲池法子の歌手デビューは未定のまま。中山圭子が万全の体制でデビューするのを横目に、法子はかなり辛い日々を過ごしました。しかし、ここでまたもや奇跡が起きます。中山圭子のデビュー曲は海外のシャンプー「ティモテ」のCMソングでしたが、日本では無認可の成分が含まれており直前で発売が中止されたのです。結局、中山圭子はCMタイアップなしで1980年2月にデビューしますが泣かず飛ばず。そこで、急遽2番手だった松田聖子が4月1日に歌手デビューすることになったのです。この年、松田聖子が新人賞を総なめにしていったのに対し、中山圭子は2ndシングルもヒットせずみじめな思いをします。衣装がずっと同じだった中山圭子は、聖子のために用意された大量の衣装を見て、思わず「聖子ちゃんは衣装がいっぱいあってうらやましい……」とつぶやいたんだとか……。当時、まだ15~16歳だった中山圭子の気持ちを考えるといたたまれないですね(泣)。