リンゴ・スター, by Wikipedia / CC BY SA 3.0

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リンゴ・スター(Ringo Starr、KBE、1940年7月7日 – )は、イギリスのミュージシャン、俳優。
本名・リチャード・スターキー(Sir Richard Starkey)。
元ザ・ビートルズのメンバー。
ザ・ビートルズのドラマー。
メンバー4人の内リンゴだけはクオリーメン時代からのオリジナルメンバーでは無い。
左利きだがドラム・セットは右利きのセッティングである。
ビートルズのメンバーの中では、作曲能力の優れたジョン・レノンとポール・マッカートニーの影に隠れ、ジョージ・ハリスンと同様に地味な存在だったが、リンゴのドラムスはビートルズサウンドの要としてメンバーを支え続けた。
曲の基本理念によって全く異なるノリを構築するリンゴの”間”の作り方の器用さ・引き出しの多彩さはポールのベースラインと並んで評価が高く『レコード・コレクターズ』の「20世紀のベスト・ドラマー100」では2位にランクしている。
また「ボーイズ」「グッド・ナイト」「イエロー・サブマリン」などリンゴがリードボーカルを務めた楽曲もある。
ソロでの代表曲には「想い出のフォトグラフ」「明日への願い」などがある。
現在の妻は映画『007 私を愛したスパイ』のボンドガールで有名な女優のバーバラ・バック。
ドラマーのザック・スターキーは長男。
ザックの娘ターシャ・スターキーはベーシストとして活動している。
ビートルズ解散後もソロミュージシャンとして活動している。
なお、2019年9月現在、ビートルズのメンバーでポール・マッカートニーと共に存命している(他の2人は既に他界している)。
リヴァプールのロイヤル・リヴァプール小児病院で、1940年7月7日に誕生。
労働者階級の出身だった。
労働者の慣習に倣い父のファーストネーム(リチャード)を命名される。
3歳の時に両親は離婚し母子家庭という環境で育ち「『父との思い出』と呼べるものは何もない」と述べている。
アイルランド人、スコットランド人の血が入っている。
小学校低学年時に盲腸炎・腹膜炎などで1年以上休学し、勉学面でついていけなくなった。
そのため、学校をズル休みする事が多くなってしまった。
12歳のとき、母エルシー(1914~87)がペンキ職人ハリー・グレイブス(1914~94)と再婚。
病弱だった彼は入退院を繰り返し、学校にほとんど行くことができなかった。
この入院中に医者から教えてもらったのがドラムで、やがて院内のバンドに加入した。
以来、リンゴはドラム以外の楽器に関心を示さなくなっていったという。
ドラム・セットを手に入れた後は、もう学校に戻ることはなかった。
昼は工場で働き、夜はダンス・パーティーなどでドラムを叩くという生活を送り、数々のグループに在籍して腕を磨いていく。
ビートルズに出会った時には『ロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズ』というバンドのドラマーを務めていた。
当時ビートルズのドラマーだったピート・ベストが1962年8月16日に解雇され、リンゴが8月18日にビートルズに加入して新たなドラマーとなり10月5日(金)にレコードデビュー。
若い頃から職を転々としていたリンゴは、プロのドラマーになって初めて金銭を安定的に得られるようになった。
リンゴはビートルズ加入前にビートルズの面々とハンブルク巡業時に顔見知りになったが、ジョージ・ハリスンは「出逢ったころのリンゴは僕らよりも収入が多くて、僕らよりも早く車を買って乗り回していた」と述べている。
芸名の“リンゴ・スター”とは、ロリー・ストーム&ハリケーンズ時代にそれぞれが芸名を考えた時につけられたもの。
指輪が好きで両手にいくつも付けていたので“Rings(リングズ)”と呼ばれていて自分がリンゴ・キッドに憧れているので「リンゴ」と命名。
リンゴは「Ringo Starkeyでいくつもりだったけれど、しっくりこなかったのでStarkeyを半分にしてrをもうひとつ付けた」と発言している。
身長は5フィート8インチ(≒172.72cm)。
“A Hard Day’s Night”、“Eight Days A Week”、“Tomorrow Never Knows”など、ビートルズの楽曲にもリンゴの発言を曲名にしたといわれるものは多々あるが、いずれも…