#1-3 伝説のフリーを生んだ観客席からの一声 ゲスト:浅田真央さん
カーベの解食人生最高インタビュー。 [音楽] 皆さんこんにちは。経営者と海の漁師、山 の漁師、3速のわ地を履いているカ部 健太郎です。 この番組は私カーベがつかじっくりと話を聞いてみたかった人をゲストにプライベートな解食をする様子をただただ配信するという少々特殊なポストです。今回は前回の解食に続き麻田尾さんをゲストに真いた 3回目の配信です。どうぞ。 はい。 僕がその麻田さんを認識をしたのは、あのまさにそういうすごい技を繰り出す学生、え、がいて、で、あれは何オリンピックだったんですか?出れる出れないみたいな騒ぎになったのが そう私の15 歳の時の鳥のオリンピックですね。 そう。そう。鳥のに出れんのでも来ては出れないのみたいなこう うん。 それでマスコミの目を集めたんですけども、 当の本人はその鳥のっていうのに関してはどう思ったんですか? はい。そうです。そこがえっともう 12歳とか それぐらいの時に私のオリンピックは次はあのバンクーバーだねっていうのはコーチと話していたので うん。 あの本当にもう私は鳥のじゃなくてバンクーバーで出るものだって思ってたので すごいそのすごい出たいって思いはなくてだまたまその 15歳の時にうん。 うん。グー勝ちグナルと優しった ので、 そのメディアの人がみんなじゃあなんで出れないんだっていう風に こう盛り上げてくださったんですけど、 私はもうルールはルールですから、 もう私はバンクーバーでやるって決めてますからみたいな。 うん。ていう冷静な気持ちだった。 はい。もう出られたらそれラッキーですけど でもそこでもう無理に別に出たいっていうのはなかったです。うん。うん。だからまあ分かってない。 我々が勝手にそのあの誤解して出れんじゃないかと思ってた騒ぎだったっていう。 あ、そうですね。 ことでしよね。うん。 だから本人はもうどうバンク場につげていくかっていう はい。 ことだったわけですね。 うん。うん。うん。 はい。 で、オリンピックは都合 3回出ましたか? 2 回ですか?2 回か。2回か。そっか。 通常は毎年やってるその各大会とか日本選手権とか世界選手権とかを目指すわけで はい。 オリンピックっていうのはなんかどういう振り返ってみると存在なんですか? はい。私がその小学校 2 年生の時にあのタラリピンスキー選手っていう選手がメダルを取って うん。うん。 その当時そのタラリピンスキー選手ってすごい本当に小柄で 可愛らしいだったんですけど、そのスケーターが金メダルを取った姿を見て うん。 で、私もあ、こういう風に うん。 メダルが取りたいって子供ながらオリンピックってすごい大会なんだっていうのはもう認識してたので うん。うん。 ま、小学校2 年生ぐらいですねからずっとオリンピックを目指して うん。うん。 やってました。 うん。で、やっぱりそれはそのそういう選手のそういうシーンがあってやっぱ自分が目指すべきものと [音楽] 思ってやっていたっていう。 そうですね。 で、ま、あの、だんだんこう年重ねごとにオリンピックについて質問されたりとか、ま、オリンピックって本当にスポーツ選手にとっては 4年に1度もすごい大きな1 番大きな大会っていうのを やっぱ知るので、じゃ、自分もそこで あの、金メダルが欲しいっていう風に 思うようになりました。 うん。うん。うん。うん。うん。 こので、ま、もう競技としては引退しているわけじゃないですか。 はい。 で、ま、ちょっと濃言い方をすると金メダルは取るな。 はい。はい。 でも一方で、ま、僕も含めて強烈な印象が、 ま、特に措置 はい。 え、最後、措置が最後ですよね。 はい。 では残ってるわけで、ま、あらゆる意味でその 麻田尾さんのイメージってオリンピックでついてると思うんですけども、なんかそれについてはなんか自分の中でどう総括してる? うん。 はい。あの、 ま、2 回オリンピックに出られて、で、ま、バンクーバーは、ま、金メダルはなかったですけど、 ま、銀メダルっていう形として、 あの、スケート人生の中で うん。 あの、残せたことは良かったなって 思ってます。 もうそれはもう本当に頑張ってきてよかったなと思って思える 1つの試合でした。 それはそうだよ。 はい。で、措置に関してはもう結果としては全く満足していないです。 うん。 なのでもう本当に精神的にも すごい、 ま、辛くて追い込まれた うん。 試合ではあったんですけど、 あの、もう終わってから うん。 もう皆さんがもう本当に素晴らしかったって うん。うん。 あの、メダルじゃなくてもそういう演技を残してくれてありがとうっていううん。 言葉に もう何より救われましたね。 うん。 な、はい。 ま、結果論そのなんですよ。ま、わかんないですよ。 そのね、金メダル取ってそれはそなになったかもしれないですけども はい。 結果ああいうねショートであの不本翻本位で はい。 で、えっとフリーでとんでもないあのスコアが はい。 出てっているんで結果おみの人には記憶に帰って残りましたね。 うん。そうですね。ま、色々と、ま、山あり谷ありで前日の うん。ショートはあんな感じの結果でもう うん。 金メダルなんかもう絶対無理ですし うん。うん。 でみね皆さんが多分どうしたんだ、どうしたんだっていうところで心配も してくださっててのやっぱフリーの全あの日だったので うん。うん。 まけ結果としては残せなかったですけど、もうあのうん。 フリーの演技というのは自分の中のもう 130%をねえ 出すことができたので うん。 うん。 もちろん完璧にやってたら絶対メダルは取れたと思うのでそこは本当に今でも悔しいですけど。 今でも悔しい。 まあでも皆さんそうやって言ってくださるので うん。 今でも夢に出てきたりするもんですか? うん。さすがにないです。 もうさすがになくなった。あ、良かった。それはなんか今でもイメージ出てきたらちょっと はい。 切ないなと思ったんですけど出ないな。何ですね。 [音楽] うん。 でももうそのオリンピックに向かって うん。 もう1 日も妥協せずにそのオリンピックまでの家庭っていうのは うん。 やっぱ準備してきたので、 ま、そういった意味では、ま、後悔はないです。 自分のできること全部やっての結果だったので。 うん。うん。うん。 なのでね、そこでなんか自分がちょっともうし、あ、しとけばよかった、こうしとけばよかったっていうのがあったら、 ま、後悔はしたと思うんですけど、自分のできること全てをもう全力でやり尽くした結果なので、 [音楽] ま、あの、本当に、ま、結果悔しいですけど、 ま、それも人生かなと思っ うん。ま、あの、それも人生です。人生うまくいくとだけじゃないから。 はい。 それも人生なんてもまさにその通りですね。 はい。 あの、もうこれは何度もいろんなところから聞かれたでしょうけど、そのショからフリーにこう挽解する時のその気持ちの会みたいのっていうのはどうやってあれだけに関してどうやって はい。いや、もうあのショートがもうあの滑る時 うん。 すごく恐怖に感じてしまって うん。 やっぱそのバンクーバーで銀だったので 次金メダルやっぱ目指してて もうジャンプの修正もして自分の中ではこれまで以上にすごいいい状態で措置に 入ったんです。現地に ですごい調子も良くてうん。 そのなんか うん。 うまくやらなきゃって思いが強すぎて うん。ショートの時に はい。 でトリプルアクセルっていう大きな技が決まるか決まらないで 大きなやっぱりこう差が生まれるので うん。失敗したらダめだっていう うん。 失敗しないようにっていう思いのそのプレッシャー、そのこれまでの うん。4 年間の思いが うん。変な方向に こう自分の中にもしかかってきてしまった。 囚われてしまった。 で、もう曲が鳴った瞬間に体がなんか硬直しちゃって お。 それをこの頭のこの像に入れなくって うん。あ、 でも無理に動かしてて うまくこう飛べなかったっていう 感じで うん。 で、あ、もうもう終わったと思ったんですけどただもうそれでも次の日のフリーがまた残ってる。 そうですよね。 うまく切り替えないとて思ったんですけど、結局そのフリーの前日の朝も うん。うん。 体がうまく動かなくってジャンプが何にも取れなくなっちゃって [音楽] うん。 あ、もう私のオリンペックはこれで終わったって思ったんですけど うん。うん。 でも、ま、姉のこう電話があったりとか うん。 ま、色々自分もこのままでは [音楽] 日本に帰れないって思って うん。うん。うん。 もうこれはもう正直もうあのショート終わってからもう今まで何やってきたんだろうっていうのはありましたけど うん。 でももうもう最後まで諦めただめだなと思って。 え、日本からもう すごい応援のメールが来たりとか うん。ね、あの皆さん応援してくださってるから うん。うん。 ここで諦めちゃだめだなと思って もうメダルとしての結果は残せないかもしれないけど うん。もう演技で見せと 演技でもう恩返しようってもうそれしかないって思ったので うん。 もうあのま日のショートで思い切っていけなかったっていうのが 後悔残ったのでもう次のうん。 フリーはもう失敗しても点倒してもいいからもうとにかくもう思い切って 恐れずに行ってみようって 思えたのが1番大きかったです。 その恐れずに行ってみようって思たから、ま、あれだけのことができたんだと思うんですけど。 もうで、力もまあいい意味で抜けたんですかね、それは。 そうですね。なんかあの時は本当に不思議だったんですけど、やっぱりどうしても前日のやっぱ恐怖はやっぱり出ちゃうんですけど うん。 もうでも負けてられないと思って うん。 もう必死必死で うん。 体動かして うん。うん。 最初のアクセル向かったんですけど うん。 体が自然に動いたんですね。 動いた。 で、それはちょっとそのポイントだなと思うんで繰り返し聞いちゃうんですけど、 その 恩返師のためっていう風におっしゃってましたけど、やっぱりそこ最後 はい。 自分のためというかは応援してくれた人たちのために頑張ろうっていうことで気持ちが気ってたんですよ。 いや、いや、もう本当にそうで、もう絶望なので うん。 もう金メダルはもうメダルもないです。 はい。 そう思って はい。 もう自分はもう何ももう夢が消えたって うん。 こうてでもなんか自分だけのその都合で うん。 諦めるのは本当に失礼な話で うん。うん。 もう会場行ったらみんな頑張ってって声かけてくれて日本からもう [音楽] 色々SNS とかでもたくさんのあのハッシュタグつけてくれてなんか頑張れまおみたいな うん のとかもあの色々聞いたりしてでも立った瞬間に最後 うん 曲なる瞬間に うん まおちゃん頑張って うん まおちゃんならできるっていう うん 男性の1人 あの声を出してくれた人がい で、立ってポーズって曲流れる前それ聞いて、 あ、私1 人で戦ってるんじゃないなって思たんですね。 うん。 そっからスイッチがカンって変わりました。 なるほど。これ応援してみるもんですね。 はい。 うん。 やっぱりその試合の時のシンってしてるところにこう声を出すっていうのすごい勇気がいると思うんですけど。 うん。そうですよ。僕その後世界選手権行った時に声出して怒られたんですから。ま、ワちゃん見に行った時に後で話しますけど だ。それ言えるてファンがまずすごいっすよね。 はい。すごいと思ってて。 うん。 もうそこで私1人で戦ってこの会場に 私の守ってパワーをくれてる人はたくさんいるんだって思う でそっからもう曲が鳴った瞬間にこのいつもの練習の場所にスーンって変わったんですよ。 うん。うん。 でも行けるって思ってでアクセル飛んだ瞬間に いやもうこれは行けたって思って そっからはもう もうもう不思議なように体が動いていきました。 これはでもなかなかやっぱりすごい話で僕は聞きながらまず思ってたのは いやそれはそう日本中の人が応援してくれる人はそういう活力が湧くけど俺とか別に誰かも応援されてるわけでもないからなんかそういう活力わかないよなと [笑い] でだけどあのなんて言うんですかとかね うん本当の親友とかは 頑張れって言ってくれるだろうから まやっぱりそのね多くの人 応援してくれるような存在の人はそう多くの人のそういう声援を受けてこうエネルギーに変えればいいし はい。 あのそうでもない人はでも必ず身近に応援してくれる人はいるはずだからそういう人のエネルギー変えてどっちにしてもこう 切り替えてやっていければいいんだなっていう ことですよね。 うん。そうですね。もう本当に家族の支えも すごくあの助かりましたしやっぱり何よりやっぱ応援ってすごい力なりますよね。 はい。 これはこれを聞いてくれた何か応援してる人たちにとってものすごいモチベーションになる話ですよね。 うん。で、やっぱり今もあのマリンクの準備に向けて すごくうん。 ま、右も左も前も後ろも 分からない時があったんですけど うん。 とにかくろんな人に うん。 聞いて皆さんの 助けを求めてやっぱり うん。力をもらって進んでいるので うん。 そういった意味ではやっぱりこう人と人との繋がりってもう選手の時からもそうですけど それは今も変わらずに そうですね。 うん。 うん。 助けてもらいながら進んでます。 それであの、ま、伝説的なフリーの演技をやってで、そのままあの世界選手権に戻ってきて突入して はい。はい。 そこで優勝するわけじゃないですか。 それはもうその措置のフリーで絶好調になっちゃって こう激変してそのままその調子を引きずっていけちゃったってことなんですよ。 はい。もうこれも うん。 本当にショートミスしたのが何よりの原因なんですけど、もうコンディション的にはばっちりだったんですよ。 ああ、そうね。元々ね、 もうあのやれること全部やってきて、今までで 1 番いい状態でで失敗したからあの結果だったんですけどうん。はい。 そこ以外で言うと別に好調だったんです。 はい。はい。なのでその措置が終わってから うん。 あのもう数ヶ月ぐらいで世界選手権だったんですね。 うん。 なのでもう置までの練習のもうやってきたものがあったので うん。うん。 それを出しただけですっていう感じでした。はい。 なるほど。いや、だから僕はま、前から麻さんの、ま、マさんのそのスケーター見てきてこう はい。 ね、あの、感じるものがあったんですけども、やっぱりあの、その うん。 ショートフリーのこの楽サに感動した人ってやっぱこんなになんか戻せるものなんだって思って感動してで でうん。 これはま、とにかく1 回見に行かなきゃだめだと思って でそれたまたまその直後の世界選手権が埼玉だったから僕は行けたのと思うんですよね。 で、もうそんなフィギュアなんて見に行ったこともないし、どうやってチケット入したらいいかもわからなかったんで、 友達の あの、伊藤浜の伊藤君には、 あの、とにかくもう1 回朝見たいからなんとかしてつったら伊藤ハムが取ってくれて、 それで伊藤ハムも俺も行くよって言うから おっさん2 人で埼玉見に行って、ま、フリーの最後のうん。 うん。 見に行ったんですよね。 だから僕はま、もっと応援したかったんですけど、まちゃんとか言っただけでもう周りのガチのフィギアファンからシとか すいません。すいませんみたいな感じであの静かに見てたんですけどやだからそれその経験があるからこそその措置で頑張れって言ってくれたそのおじさんですか [音楽] はすごいなと思いますね。 はい。 うん。もうもう思わず言ったんですよね。 はい。 うん。 なんかそのもう皆さん本当にそれこそもう最初は [音楽] 12歳からメディアに出て 15歳でトの色々メディアで出てもう 10 代から皆さんもずっと応援してくれているのでもうみんななんか一緒に いい時はやったって言ってもうダメだった時は一緒に残念はい中して もうなんか 私のことをもうずっと支えて応援してくださってもう多分ファンの方 もう、 もう一緒に戦ってるみたいな。 そう、そう。本当にそうでしたよ。 そんな感じで。 うん。 はい。 そういうだから、ま、君たちがいて僕がいるっていう有名なね、あの吉本新経のセリフがあるんですけども、 ま、まさにそれですよね。 はい。はい。 うん。 でも私世界選手権という うん。 オリンピックの次に大きな大会 うん。 の世界選手権なんですけど 2 回は うん。 必ずオリンピックの後に取ってるんですよ。 うん。うん。うん。 バンクーバーの次の年も世界チャンピオンになって で、そっちの 次のあの世界もチャンピオンになってるので でオリンピックでの後悔をその世界選手権で全部達成できてるので うん。 そういった意味ではまあ良かったかな。 ちょっと取り返せてるってことですよね。毎回悔したのをね。 はい。はい。 あの、ちょっと妥協してやっぱオリンピックの悔しいはオリンピックでしか返せないっていう思いはあるんですけど、 でもま、うん、 同じシーズンの最後に うん。 あの、世界選手権があるので、 そこで、ま、リベンジできたから良かったかなと思って、 ま、その振り返りをね、何年か時当たってここでこうしてもらえてるのはすごく僕も嬉しいし、多分聞いてるファンの方も嬉しいなと思うんで。 はい。 ま、逆に言うと、だからそれぐらいやっぱオリンピックってのはプレッシャーがかかる場所であるっていう そうですね。はい。 ことですよね。 そのオリンピック措置の後の うん。 あの、世界選手権のその見に来てくださった時が 1番 うん。 多分スケート人生の中で の集体性があそこが そうですよね。1 番いい演技ができたので うん。 良かったです。見ていただき そうなるほど。この1 番いい演技を生で見て もう本当に一生の 思い出ですけども。 ありがとうございます。 これ、あの、一般のスケットの選手もそうなのかどうかわかんないですけど、結構こう、今回改めてこの戦績を全部バーっとこう見た、見てきたんですけども、 こう結構何度も はい。 不調から校調に戻してるっていうのが 結構まさん場合あって、特に 2012年から13年シーズン とか、あの、さっきのその 14 年の世界選手権とかなんかこう、これ他のスケト選手も大体そういう感じなんですか?こうすごい不調に陥ても なんかこう、 あ、そうですね。 もうずいっていう選手はなかいないですね。うん。うん。 もうあのパンとメダル取ってやめちゃう選手もいますし。 うん。 もう1 回活躍して何年かちょっと苦しんでまた戻ってくる選手もいればもうトップ活躍しながらそこをこう波のように行ったり来たりしてる選手もいるっていうま、いろんなはい。あの流れはあると思います。 うん。 で、措置の時のそのショートがあの不調に終わってフリーでこうちょっと 1 日のうちにこう戻すっていうのはすごい特殊な 例だと思うんですけども 通常のその不調から校調へ戻したらもっともうちょっと時間かけて戻してるわけですけどもそれの場合は はい何きっかけで戻せるものなんですか? さっきみたいに応援し応援大応援してくれてる人のためなのかとかみたいな気持ちの変化なのかそれともまひたすら練習して はい。 ももうあのひたすら練習して地道に耐えるみたいな。道 でもうつか結果が出るからって。そのバンクーバーから置までのそのバンクーバー終わってから置に向けてやっぱジャンプ の修正をしたかったんですね。なのでそのジャンプの修正をしてからはもう本当にとにかくもう地道に 毎日耐えるっていう練習はしてました。 ちょっとずつその体がその修正したものに馴染んでってこう調子が出てくるのも地道になっていくっていう。 [音楽] そう。はい。 でも試合でもね、いい時と悪い時って うん。 あって、それはもう本当に うん。 諦めずに うん。 挑み続ける うん。 ていう感じだと思います。 そのそういうこう調子を戻してったり、新しいあの飛び方とかを吸収してっていう時に試合がこう都って あの勝ったり負けたりするっていうことに関しては別にあんまり一気一しないものなんですよ。 あ、そうですね。もうそこを割り切ってました。あの修正をし始めた時はもう うん。 もうそのためにやってるんだっていう風に割り切ってやってました。 うん。なるほどね。 あと、あの、ま、どうしても浅魔おさんだとトリプルアクセルは [音楽] その3 回転っていうのが大名者なんですけど、 この はい。 そこまで3回転にこのこだわった うん。 競技人生を通じてこだわった理由っていうのは はい。 何なんですか? えっと、それはあの、1 番最初はあの、伊藤みさんがトリプルアクセルを飛んでるっていうの知って はい。はい。 で、日本でまだ伊藤みさんしかやってないっていうことで、世界でもう、 ま、みさんが1 番最初にやったっていうことで うん。 で、同じ名古屋で大先輩で憧れていたスケーターだったので うん。 ま、みさんの うん。 バトンを受け継いだのは私だって勝手に思って はい。 で、もう世界で うん。 私がみさんのバトンを受け継いでやるっていう そういうあの、 ま、思いで始めてで、みさんから衣装を頂いて、その衣装を来て うん。 ま、大会に出たりとかもしてたんですけど、 ま、その、ま、自分の中の 1つのもう武器 うん。 強みではありました。 だからそれが飛べなかったとしても やっぱそれがあるだけで こう自分の強みだっていう風にアピールもできましたし うん。 やっぱそこれがなくなると私の精神の気持ちも弱くなっちゃいました。 じゃあ、ま、ある種必殺技を受け継いで それを、ま、競技人生中からずっと必殺技として自分をほぐし続けて はい。それが何よりの武器だったので、その武器を置いて試合に出るっていうのは うん。うん。 私はもうできなかったですね。はい。それが何より支えでもありましたし。 その初めて競技であの 3回転やったのはその小6の時 はい。そうです。その時も伊藤みさんの衣装をお借りして うん。うん。 で、初めて試合に乗りました。うん。 で、ま、例えばそっから 2014年で言うともう20 何歳になってたんですかね。20 何歳までもずっとその必殺技を こだわってこだわってはい。もうあのコーチにやめろって言われても うん。 あの 分かりましたって言って 本番で飛んじゃうみたいな。 証拠もなく飛ぶっていう はい。でもまあね、自分のスケート人生ですし うん。 なんか自分で決めたら後悔しないなと思って うん。 はい。 そっか。でもそれは伊藤緑さんから受け継いだで自分のそれを肉とした必殺技ちゅうのは はい。 エモいっすね。 もうあの もう頑固だったので うん。 もうそこはもう譲りたくないですと思って。 うん。なるほど。 はい。 うん。 いや、もう何も言うことないって感じなんですよ。それに関しては。 [笑い] はい。でもオリンピックもね、挑戦できてよかったなと思いますし、ま、そでも失敗はありましたけど でも失敗しな、あのせ、あの挑戦しなかったら多分 自分の全てを出し切ってないと思って後悔してると思います。 そう、そう。だからそれもそう、あの、聞きたかったんですよね。そのやっぱりプ 3 回転にこだわればこだるほどリスクが高まるわけですよね。 はい。 で、そのなんかリスクちゅうのどうあのうんう捉えてるのかなっていう うん。あの挑戦しなかったら勝てないので うん。 あのやっぱりアスリートしてルール的にもう トリプルアクセルってすごく高い 得点があってみんなと同じことやってたらやっぱ 1番になれなかったので うんうん それはもうあのリスクがあっても 挑戦するでそれに対してま失敗してももうそれは自分の実力なのでうん。ていう はい。仕方ないって思いますし。 はい。で、オリンピックで失敗したことに関してももうそれはもう自分の責任だと思ってます。 うん。もうそう割り切って はい。 だから結構そのリスクを取ってるからこそショートで内に出遅れたけどフリーでこうナに取り段したみたいな試合展開結構多いような気がするんですけど、もうそこはでももう はい。 リスクを承知でショートからやっているっていう。 そうですね。 もうショートでじゃあそのアクセル挑戦しないで例えば 5番とか6 番だったらそれこそ後悔してしまうと思うので 自分のできることっていうのはやっぱ全部やりたいな ていうのはあります。 ただオリンピックっていうのはもう本当に [音楽] すごい試合なので そこで 自分の その100%130% の力を出せる選手っていうのは本当に強い選手だと思います。 うん。 はい。 うん。 私はどちらかずっと弱かったので、やっぱりそれが出てしまっただけで、 そのオリンピックを楽しめたり、 自分の あの120%、130% の力が出せるっていう選手は本当に素晴らしい [音楽] あのアスリートだと思います。 うん。 これ同時代でそのままおさんから見てもま、これはちょっと桁違いのメンタルと義量だなと思ったスケードの選手はいるんですか? やっぱ羽乳伊さんはやっぱオリンピック 2回金メダルを取ってるのでうん。うん。 もう出てこない。日本人では出てこない こ世界でもどうかなっていう。うん。 やっぱそのオリンピックって 緊張しない選手は多分ないと思うんですね。 うん。 そこでやっぱり金メダルって うん。 取れる選手も限られてますし、それもう 2 回もその4 年にその時にピークを持ってきて かつその毎年若手のスケーターも出てくる中で うん。 勝ち続けるっていうのは 本当にすごいことだなって思います。 うん。元も、ま、もちろん小さい頃から知ってるわけですよね。 さんのことも元々そういう メンタル強かったんですか?それともだんだんやっぱり成長してたんですか? あの世代は私よりちょっと下になるのでそんなにその一緒に試合に被るっていうことはなかったんですね。 はい。でも気がついたらもう あの成長してて うん。 あってだっていう感じです。 聞いたことはないですか?なんでそんなせ精神力反応って? え、ないですね。はい。 うん。うん。なるほど。 でも見てていやもうこれはもう はい。 桁違いだなって。 うん。 ちなみにそのオリンピック 2回でショートとそのフリート はい。4 回演技があって全部は トリプルアクセルのリスクを取って はい。 やられたんです。 そうですね。はい。 ですよね。 で、なんかで、ま、結果そのまでもメダルでももう十分すごいんですけども はい。 なんか今にそのリスクを取り切ったっていう自分の経験ちゅうのは今にこう生きてることとかってなんかあるんですか? うーん。もうオリンピックがとにかく すごい自分のスケート人生の中でうん。 ま、精神的にもあれ以上緊張することはないなっていうのはあるので はい。 ま、心臓は強くなりました。 心臓は心臓はね、そこでリスク取ってやってるっていうで、うまくいっても失敗しても両方の経験があるっていう。 はい。はい。 うん。 で、あとはもう 先のこと分からないので とにかく挑戦したいっていう気持ちはもう選手の時から変わらないですね。うん。うん。うん。 はい。 ま、あの、本当そうですよね。その、その 4 回それをリスク取ってやって、で、ま、今日ずっと聞いてるようにそのも夢をいっぱい持って はい。 こうやり続けているでついにはマオリンクまで作っちゃうっていう それはもう全部そのリスクを取ってどんどんやっていくっていうはい。 はい。 姿勢が今でも続いてるっていう。 そうですね。もうできることを全部やろうって思って 1度しかないね、人生なので うん。うん。 あのその中でもやっぱ限界を迎えたり うん。うん。 もう諦めようかなって思うこともあるんですけど結局はね諦めたら自分が後悔しますし [音楽] うん。 もうぶこト進めるところまで限界を超えてみようっていうのは常に あの思えてます。 すご勝師ですね。 はい。 いや、ま、まさに孫さんがね、あのリスクを取るということに関しては日本で言うと大名士みたいな人になってるんで本当にま、身近にいて思うのはなんか例えばカジノとか言って何かこうかけてそのたまたま当たってこうね 1枚のコインがなんか10枚になったらお 10枚になった。 これまたこれじゃあ全部かけようつってかけておたとじゃで普通の人はねその半分ぐらいはこう はいとこに入れて半分でかけるとかするんですけどそういうことやんないですよね。元全部 て いやも全然もうあれですもんね。桁が違いますし でか金がもう何十兆の世界になってきて いやもう桁が違いますから いやだけどやっぱりそうやってねリスクテイカーはそうやってやるから ま そのちの1人ですね。 いやいやいや、もう全然そんな私はただただスケートスポーツとしてやってきただけなので、 あの、スケートのことしか分からないんですけど、でもその、ま、いろんなこれから挑戦をしていく中で自分がこの競技者としてやってきたことってなんか他のことにも 共通することがあるんじゃないかなと思って。うん。 なのでその競技の時に いろんなことに挑戦してどんなことがあっても諦めないでやり抜いたっていうそういうあの自分のそのやってきたっていうことが必ず次のチャレンジにも生きると思うので うん。 そこは本当にあのもう 1 度その競技の思いを思い返して今活動をしています。 うん。 まあ、その自信とかうーん、その意思の強さとか そういうのは絶対その競技を通じてね、 作られてきたでしょうからね。 はい。はい。でもあのスケートのことしかわからないので色々勉強しながらいろんな人に ご相談とかもしたりするんですけど、 あのカーメさんにも色々ご相談にもはい。 乗っていたいて、もう何よりもう決断力がもう凄まじく早いていうに とにかく驚きました。 あ、そうですか。 なのでもう成功されてる方ってもうビジョンが見えていて うん。 その目標に向かってもう 突っ走しる で決断をもうすごいもうパンパンパンってやっていくっていうのは うん。 もうすごいなって思ってそれはもうすごく勉強になりました。 そうですね。 だからこれからあのまさんはチームを引きたり経営者になったりするから多分競技との違いはね、是非理解しといたらいいと思うんですけど、競技の場合やっぱ失敗しちゃったらね、その はい。 えっと、そ置の時のショートみたいに結構致名的になるわけですけども、その経営みたいなことっていうのはあの結構その失敗してもあの復活が可能なんで そうだったら早く決断して早く失敗して失敗ではい。 えっと、競技の場合失敗が分かりやすいんですよね。 うん。あの、それが点として評価されなかったみたいな。 だけこう はい。 世の中とか系とかってそしてんのかな、してないのかなみたいなのがよくわかんなかったりするので結構時間がかかっちゃったりするわけですよね。 だ、あの、そう、よくわかんないが時を継いやしてしまいましたみたいのが 1 番もったいなくて、それだったらもうあの決断して何かやって明確に失敗したことが分かった方がじゃあまたやり直そうとかその失敗をリカバーして そのやろうっていう風にした方が結果成功に近づくのも早いんですよね。うん。はい。 だ、そこが多分競技とか全然違うとなんで だからますますその決断早くしてどんどんチャレンジしてやっていけばいいと。 さっきのさんの例えも全部かけてっちゃって、それがあの全部前哨化って言うとそんなことないんですよね。その大失敗してることもいっぱいあるんですけど はい。 あの要はこのかけたものが募集されちゃったとしてもあの お金が借りれたりするんで現実はねされてることもあるので。 そうそうそうそう。であとそう今まで成功したその貯金が使えたりとか はい。 そうだからあの全かけしてても全かけして全部募集されちゃった瞬化が出てくるみたいなことが 経っていう意味に持って出てくるあるからあの どんどんそうやって決断してあの ま結局必要な失敗をした人しか成功しないように はい できてるんで はい あやってたと思います はいそれは競技の時も結構なんか繋がるなと思っ私も失敗して 色々 あの諦めずにやってきて成功がトリプルアクセルもそうですけどあったので そこは本当にう に勉強になります。そうですよね。 なのでなんか失敗していいんだよって言っていただいてすごくあの安心しましたし うん。 あの逆にあの川さんの失敗とかっていうのはどういった失敗があったんです? うん。いや、もう数えきれないほどありますよね。うん。 なんかだからやっぱりこう自分勝手にやりすぎると大体失敗してますよね。相手側のその [音楽] 利みたいなことか気持ちとかを考えて はい。はい。 うん。大抵のものはその相手の説得をしないとまくいかないことが多いから はい。 あの例えばま、あのギャオっていう動画のサービスがあって はい。 で、YouTube に対抗するために、ま、テレビ局を味方につけてやろうっていうことで、ま、僕はこう結構出身の交渉して、こう民忍法キー曲全部あの、出してくれて うん。 で、これでYouTube 対抗できるっていう風に、あの、当時の社長の僕は調子に乗ってたわけですけども、ま、結果よってサービスなくなっちゃって、ま、 YouTubeすごい強いわけですね。 うん。 で、本当はあの、今で言うティーバみたいなことをギャオでやりたかったんですけども、結局そのギャオでそれができないで TB バってのは立ち上がっちゃったんですよね。 はい。 で、それはあの、当時その民法局全局に出資してもらったんですけど、その民法局の全部の出資比率が、 ま、大体全部で40% ぐらいで、で、こっちが 60%持ってたんですよね。 だから結局そこは不満だったんですよね、テレビ局は。 で、ま、よくよく考えれば別に 50% テレビ曲側に渡してもこちらはその広告のプラットフォームとかをこっちの方を使ってもらえれば、ま、別にあのそれで良かったんで後で考えば はい。 だから本当は相手の気持ちに立って 50% もう定局の方で持ってくださいと。で、ギャオガは別に 49% 以下でいいですっていう風にやってれば Tティーバが立ち上がらずに ギャオのままT ィーバみたいなことができてで、あるいは YouTube対抗もできたかも はい。うん。 しれない。 はい。 調子に乗ってたりとかあんまりそういう相手のその感情ってのを うん。 あの考慮に入れないで うん。 やってたりとかしてたからこうなってんだなっていうこっちのサ終わっちゃったなっていう。 ま、これなんかもう分かりやすい失敗ですけど。 はい。 ま、もうあの毎日間がないですよ。こ こんな音ばっかり。 なんか私もなんか交渉とかっていうのが うん。 これまで うん。したことがなくてそんな 交渉みたいな感じで なんか うん。 そのビジネスの世界って私も全く知らなかったんですけど はい。 なんか無知だからこそ うん。 なんか 色々言いくめられちゃう部分もあったりそれが自分とって不利にならないように うん。 あの、しないといけないっていうところはあるとは思っていて、 ただその川さんが今おっしゃったようにでも相手でと こう思い合ってやるっていうのは うん。 すごいあの私もまだ全然そんな うん。 交渉なんかやったことなかったので、そういった意味では うん。 あ、そうかって思って自分の立場だけじゃなくて相手の人のことも考えて うん。 やっていかないとなって今ちょっと思いました。 そうですね。うん。相手のうん。 やっぱり徳感情みたいなものに対してやっぱ敏感に さして はい。 うん。そこをデザインするみたい。理害をデザインするみたいな。 はい。 ものすごい重要ですよね。大体それができてない時に うん。 こっちが1人になってる時に はい。 ま、失敗してますよね。 うん。 うん。 でも人っていろんな人がいるから うん。 本当に なんか騙されないようにしないとなって 思うこともあります。 そうです。うん。そうですね。 特にまあね、最初はみんなちゃんまあちゃんつってね、来るだろうから。 うん。 はい。 そこが本当になんかすごい勉強違う世界なので。 うん。 はい。 ま、でもそれもやっぱ小さな失敗いっぱい繰り広げながら大きな失敗をしないようにしていくしか ないからね。新にやっていくしかないですよね。 はい。うん。 結構意外とあの身長派でもあるので あの本当に 慎重に慎重には行ってます。 そう。 あと、ま、いつでもいいつでもご紹介いただけば こんなう臭い人がいるんですけど、どうですかみたい。あ、そちら そう、そう、そう。あの、相談してもら、それは、あの、ほどほどのさ臭さですとか、それは大きなうさ臭さですとか ね、言えると思うんで。 はい。はい。またお願いします。 はい。 カーベの解食人生最高インタビュー。 [音楽] 解食はまだまだ続きますが、今週はここ までです。来週も引き続き麻さんをゲスト に解食の様子を配信いたします。それでは また来週。
前回に引き続き、会食のお相手はフィギュアスケーターの浅田真央さん。
子どもの頃から抱いていたオリンピックへの思い、そしてソチ五輪「伝説のフリー」の舞台裏を語ります。
■川邊健太郎X
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■番組へのメッセージ
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