日御碕の海底遺跡 出雲紀行8

ビロイヤホ [笑い] [音楽] 新鮮前でございます。 新鮮前 はい。新鮮というのは真事の際に実際に神様においする食事のことをさします。 実際に神様と同じような食事をお楽しみたいから心の中から体を清めていただき皆様のですね、ごか護やですね、恩恵を祈りながら是非神様との一体感を楽しみ。 感あのお風呂入ったらあのしょっぱ海水みたいなしょぱを入ったでしょ。です。 すごい濃い。 もうもろ味噌ぎまくりの塩水みたいな 強烈なあのゆんとこになんか味そぎのは発症の理由ってなんか看板書いてあったじゃないですか。 はい。はい。はい。 あの言葉ね。 ふ野のお父さんあれあれ そうですね。 お父さんに当たるのがイザですよね。 で、その茨が読の国から帰ってきた時に汚れを落とすために味をしたことが味噌ぎの最初って書いてありました。 あのまさに海でみをしたんですよね。 うん。ああ。 だからその海水っていうかしょぱ うん。 のが売りということらしいですね。 でもすごいですね。なんか塩茹でされた感じですよ。 てかなかなかあんな濃いないすよね。 でもなんか本当に消毒されたというか、汚れが落ちたというかおかげですりですよ。 あ、すり眠れて。っすりと やっぱス納の地でありうん。 天マテラス大御神の地でもあるから昨日は夕日見ながら色々その天ラスが日が落ちるところとしてあり月には葬儀という名の元に神々が集まるというのが ちょっと色々考えるところありましたけど でもま葬儀といながらも一種の再生の儀式みたいな気持ちなんですか?な んか蘇える結局蘇えるわけなので 岩開きが 葬儀と言いながらも再び蘇るということの 集結なんでしょうね。 岩平からうん。 出てきた後その岩に締め縄はるんですよね。 ああ。 で、その時に猛 2度と入らないでください。 ああていう宣言があるんですけど、それは うん。 言葉を変えると うん。もう2度と死なないってこと? うん。うん。 ああ。永遠の命。 それこそキリストみたい復活な。 [拍手] ちょっとどんな船かが分からない。 おはようございます。 おはようございます。 おはようございます。 よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 します。 大の岡本さんです。 よろしくお願いします。山口です。さ んです。 さんです。 今日の編集はそうです。 25年ぐらい前に。 そうですね。 そんな前に 遺跡のことをちょっと ええ早。 ま、そんな早くに みさんは初ですか? そうですね。 来たのは別のうん。 [音楽] それからだいぶ25年間 うん。潜って ああ、 調べましたけどもなかなか そさらにもしかして ちょっとは進んでる。 進んでるです。 あの時は本当地形だけで ああ、 ちょっと変だぞ、変だぞっていうのを、 ま、あの、マリンダイニングてスイッチセンターのうん。うん。 方からの紹介ではあはいはいはいはい。 それで載せていただいたらいいか。 どうぞ。どうぞ。 お願いします。 今ここの地形っていうか地図がこんな感じになるんですけども、 今僕たちがおるのがここ青いところです。 で、そこの今鳥があったところありますけど、 あれが踏島って言ってこれになります。 で、踏島はこの2つで踏なんですね。 あ、2つ。2 つともあの裏に隠れてます。 はい。はい。はい。 ま、あの後で行かれたら分かりますけどもすごいう 地形になってますね。 え、で、この前にこう黒島っていうのがあります。 うん。 で、え、その先にタっていう背にあります。何も今ありません。ちょっと今日昨日部位上げたんですけども、黄色い部位が浮いてるところですね。ここも僕らのダイビングスポットになってますけども。 うん。 で、え、ま、ここに、ま、このぐらいの、ま、ちょっと変な地形がありまして うん。 で、え、今度この東台がこれなんですけども、ま、北にこういう凡食いっていう うん。 背があります。 ここもこれこっから約1km ぐらい離れてるんですけども、 その離れたところがここ2ないんですよ。 うん。 ええ。 で、昔からここ前ぶ隣に、え、気候行してましたけども、あそこが来るたびにた火じゃないけどもよくこうに荒れた時に当たって ああ、 沈んでたというあの記録も残ってます。 で、ここが隣がそのウっていう あの北舟の風町の港って言って うん。 あのよく海があれますんでそれをあの回避するために入り組んだ地形になってみ子があるわけですね。で、そこに行くまでもよくあこれここを通過しなくちゃいけないんでよく当たってたところここも食いがあってですね。で、この下にもう [音楽] 変な地形が 変な地形。 変っていうか、その遺跡っぽい、 もう遺跡ですね。 もう間違いないんですけども何も出てこないので うん。 地形だ。今はま、ここは地形だけで で、ここもあのここはですね、台湾っていうところは出雲 [音楽] うん。 成暦733 年に書かれた出雲歩きの中にこのここのあの紹介が紹介ちゅうか あの出てるわけですね。 とはこういうところで、え、魚村で、ま、あの、住民が何人ぐらい住んでて、どうのこうのやってるよって、その先にはこういう島、島島があってとかっていうのがちゃんと書いてあるわけです。それが成暦 733年なんですよね。 で、ここのあのその山の鉄ぺですね、え、天照寺がここに降臨されたのがこのここの山の鉄ぺに今 うん、 鳥がある奥に祠がありますけども、 え、紀元税前535年 うん。 2500 年ぐらい前に天学校に降臨したという優勝が 書いてあるわけです。 で、それは 数字がちゃんと はい。 あの、ま、成暦じゃないんですけども、ちょうど成暦に直したら 紀元前536 年だったかなしたと。で、その時にはもう 須ノさん、今僕どここですけども、今こんな感じになってます。 これをずっと道を登っていけば あの、東大の方に行きます。 うん。 で、これ本当にこの真裏 うん。 この真裏が真 これがアマテラスの はい。 さっきの日関神社の はい。 鳥になりとこってここのこが今前の 福島。うん。 今でもあの、 え、ここの管さんしか上がてない。正域になってちょうど真ん中にあるわけぐらいにかこの辺ってすごい うん。 パワーあるとこじゃないかな。あ、で、この山が隠れって言います。 隠れか。 はい。 あの隠れて 隠れるっていう隠れが丘 で僕の住所も初め 隠れが丘かって書いてあるんですけども、 ちょっとたくさん書くのめんどくさいじゃないですか。 で、大体もこの日のみ先南何頂目だけで来るのであ、何番地でうん。 うん。 で、めどくさいからやめようと思って 抜いたんです。で、後からよう考えたら隠てよかったかなと思って で隠れのこの1 番鉄ぺにスタノの鳥だけ残ってます。 うん。おほ。 で、天がここに降臨した秋元前 535年に、 え、砂の大さ、ま、もうここに鎮座されてて、 その年にここ神社何もなかったんですけども、ここに潜宮されって言って、 書いてあるんですよね。うん。 あの、入学に、ま、それは高校学者さんは、あの、まだ認めてませんけども戦宮されて書いてあるんですね。で、その次の文章がそのうちアマテラスも成暦 948年 うん。 に宣宮されてって書いてあるんです。 うん。 で、初めはその成暦で書いて、あの、なかったので、で、途中であんまり変な地形ばっかり出てくるので、これちょっと調べないかんなって思って調べ始めた。うん。うん。うん。 そしたらでやったらアマテラスがここに降臨して潜宮されるまで約 1500年間 ここで夕日のま、夕日をってる神社さん朝日が伊勢神宮、ま、すごい神社さんなんですけどもう だったんですね。で、それで調べてるうちに、ま、この辺の方々神社関係もですね、今はこの山の上で うん。 毎年8月の7 日に遊の真事を行ってるけども、昔はここ対タで うん。 やってたというスタイがあるわけ。みんな知ってるわけですよね。 うん。 で、あので調べてたらですね、江戸時代にも法来島の伝説っていうのがありまして うん。 あの踏島の数長に 首都のうちに、え、銀スタ地区と あの妄想だけですねが蓄えた島が一夜の内に流気して で、2週間ぐらいその島があってまた うん。 し、一夜のうちに沈んだという法来島の伝説っていうのがあるんですよ。 てか昔はここで夕日のシジやってた で浮いて上がった うん。 ないところに2 回もそういうあの言い伝えがあるわけです。 なんかあったんだろう。で、僕らもうあのめは全然知らなかって潜ってたんですけども、そういう話聞いてはじめはさ、探検だみたいな感じで そうでビとこういつもってるとこなんですけどそういう目で見てないからうん。 で、今度地形を中心でずっとこう調べてたら南川と西川にちゃんと三道があって上で繋がってて上はちゃんとこういう風に平になってて、 おいおい、ちょっと待てよとかっつって言い始めてこの辺も潜ってたんですけど。 この辺もちょっと調べようて言ってここは上がったかんけども、ま、この辺はあるけどで、ここにも洞窟があるぞって言った地元の人が聞いてたんですね。 [音楽] で、たらもうちゃんとこう、あの、なんて、洞窟になってて、あの、ま、トンネルですよね。で、人が 1500 年間も歩いたような感じで岩がちゃんとこうすり減ってて、 よくあの、釣りに行ったら人が飛んでた後ってへっ込んでますよね。 うん。うん。うん。 そんな感じで、ま、地面全体からずっと作ったのかどうか分かりませんけど、ちゃんと人が歩いた後でうん。 ここは繋がってて、この出た後もずっとその山道があって、ここの道が [音楽] ここの黒島の黒島っていうのは水深 12から2 ぐらいまでかいトンネルになってんです。この中は この中こうこっちがこうこういう風にイケイケになってます。うん。うん。 で、そこがちゃんとここの下は 12mだけど、その入り口は6m ぐらい上がってかなくちゃ山登っていく格好になってて、で、上がっていったら 2 つにこうちょっと分かれてて、こっち入る道とこっちに行く道もちゃんとあるわけです。 うん。うん。 で、ここは上がっていた廃みたいなこれかな。 [音楽] こういう廃台みたいな。 ああ、 で、向こうが抜けてますけども、ま、この短いセ段で廃みたいながダンとあって、この下は大きな玉石だらけになってるわけですね。 うん。うん。 で、それがここにあってですね、こっからずっとこっち行く道も出口がちょっと細くなってて うん。 で、こっちまでずっと歩いてく道も確認してます。 で、僕 道っぽいんだ、本当に。 ほ。 で、 道っぽい。 これはこっち出てくところここですね。 ああ、そっか。でもこれ道っぽいじゃないですか。 うん。これはここのここの対話っていう夕日の新珠を行ってたところです。そか水深 20m ぐらいからお互いにこう上がっていく道があって上で繋がってるわけです。 うん。うん。 で、ここでえ、ここでやってたよてドローン飛ばして ずっとちょっと確認したらちゃんとここに 道道砂の道白い道がずっと綺麗に 2つ逃げる。この辺。 うん。 うん。で、調べてたら成暦733 年の出雲歩の中にさき言いました にここの情景が書いてある。うん。 で、その時にはここに伊島みたいな今の宮島みたいな確が高い名前がみね、ちょっと忘れましたけどもがついてるわけですね。その沖に うん。 三くじ三クリア島 うん。ふん。 だから天皇台所の意味ですよね。 うん。みくりちま、その沖に あの、あの島ですね、 今見えてる大きい島。 あれ島って言うんですけどもそこにはト 都 のと戸だから沖野島もでもよくあのトが来てたというま残ってますけどもと島 でかこの来られる時にあのおのお伊勢ってやるんですけどちょっとゆたあのヘアピみたいになってて左に車がいっぱい止まったとあそこはおいの花ってんですけどであそこはなんとか先っていう地名がちゃんとついてるわけですよね。 で、それの景が成暦 733 年の伊歩金に書かれてるわけです。で、その時にはまだこの島も 多分あったんですよね。 うん。うん。 でもここで夕日の新庄をやってた うん。 ということでで、今は隠れてるわけですよね。で、調べてたら成暦 880年のに出雲王子があった。あ、 はいはいはい。 それがせあのマグニチュード 7とか8 とかま、いいス体があるんですけども ていうのが文章に残ってた。うん。うん。う ん。うん。 あ、で、僕も全然わからなかったんですけども、その時に沈んだか、全部沈んだか、 ある程度沈んでいって、江戸時代にもそういう話があるんだから、その江戸時代にもまた沈んだかとか何回か今のそのここは、 え、そこにサべさんていう火山があって うん。 こっちの西川には東家には大仙があの時まだ あの噴火とかあんなことやってましたか上がったり下がったりしてる時期があったわけですよね。 その時にいろんなものが上がったり下がったりしてる時期があってこういうところにまだそういう話が残ってるんじゃないか。うん。 っていうのが ふっていうのは名前の由来はなんですかね。 わからないです。名前が太陽っぽいから太陽とか そうですね。で、僕はちょっとタイガタイガーだと思っ タイガーだと思虎がいた。 虎ラちゅうか、あのや ビッこ ビッこいからこのこのここが 1 番重要なところだとしたら今はここが重要だけどもこのここで昔神社がない頃 うんからそういう自然崇拝をしててる時はそういう岩とか山とかそういうものを多分進行してたと思うんですよ。だからこの今もこれ見てもらったわすごい岩なんですよね。 うん。 が何もないここでそういう、ま、もやってたけど、この洞窟の中でなんかそういう信じを行ってた うん。 のことあったんじゃないか。 うん。 ま、沖縄にもセファウきって ありますよね。それにそっくりなのがまたうん。 ここにもあるわけです。 うん。 で、ここもそういう洞窟の1 つじゃないかっていう、ま、僕は見てるんですけども。 で、ここでやってた。 で、そのここを守るためにここに小亀、 小亀、 小亀っていう背があるんですよ。これが巻たになるんですよ。 おかっていう何?え、 いや、あの、あの岩ちっちゃい岩があるで、その下もうすぐ 30mで でかい。これよりまだでかい根がドーン。 うん。 もう本当がったような根がここにあるわけですよね。 で、南にここにはですね、あの、 え、水深16から5m、3m のこんな細長い根がここを囲うように うん。うん。 こうなって うん。 なってて真ん中ストンと切れてるんですよ、ここに。 うん。 うん。 筋もの後、 門の後じゃない。でも守ってたんじゃないか。ここ でここが ビッこで タイガーがおったんじゃないか。 じゃないかなって。 タイガがおった。 タイタ。 はい。 タイヤて。これ大和って関係ないですか? え? 大和? あ、それでもは 太陽は もうもろ 山。 うん。一瞬私大話ハウスが読みか読み出てたんだけどタ和 というかもうタうん ね。でもタ和はその読み方で言えばタ和だもんね。 そうですね。大体これ感じですけどみんなカタカナなんですよね。この辺のセロナで。 うん。うん。 で、ここの、ま、ここもあの、今、あの、正域になってるんですよね。 うん。 で、ちょっとこれは僕のなりの考え方なんですけどもね。で、ここに佐野さんが 鎮座サイト時はこれが、ま、小ですけど、これが真にあるわけですよね。 うん。うん。 が、ここがやっぱしそういう役割果たしてたんじゃないか。もっと前の話ですから。 うん。うん。 で、この牧田にここに亀石があるわけですよ。 うん。うん。 来た。 これ、あ、これあれを見てもらった方が分かりやすいかもしれない。あっちの 亀石なんですね。 あ、上が 上がです。で、あれはセリア上がってます。 ンって感じ。 こうごと亀さんみたいな。 うん。 ああ。 で、厚みもあってで 1 番初めこの見てた時分からなかったんですけどもこんな丸石ないよなって思って うん。うん。うん。うん。うん。 いや、僕も今あっちこっち潜ってますけども、こんな綺麗に丸石ないよなって思ってで、すーっとこう、ま、ダイビングだから浮き上がれるんですよね。上がってて全体目あれ これ亀やんかとか言った。 うん。うん。 で、写真を撮ってで、帰ってきてで、パソコンに入れてずっとこう、 あの、見てたらあそこにほら筋がありますよね。向この山のとこに。 うん。 で、見たら 岩が水に寄って削られた後なんですよ。 うん。うん。 で、ちゃんとこのちょぽちょっと僕もキャンプが好きでよく山行ってキャンプするんですけどもんならそういうとこ見ますよね。水がちょこちょこっとここ本当に受けたらなって うん。 あのもう進食されてる。 うん。うん。 もう水で岩が進食された後なんですよ。で、次の日も気になってそだ夕方だったから潜りに行けないから次の朝 1番で漁師捕まえて うん。うん。うん。 連れて行ってくれって言ってそこだけ潜りに行ってでそあれを見つけてずっと上まで上がったらもうもろ水で岩が進食されたと うん 滝ですね。で1 段目のちょっと丸滝なんです。で、あの上のちょっと丸いところが滝きツが小っさいあるんです。で、その上にも筋があってで上がったらうん。 1 番、あの、一面平なんですけども、ちゃんと水が流れた。で、その向こうにはそのなんか すごい爆料みたいな感じですね。こうだーっと流れてる広いところに。で、上には 2 箇所水が流れた後がちゃんとあるんですよ。で、この辺で僕は川の跡だと思ってずっと調べてたんですけども、この辺は脇水がいっぱい湧いてるんですよ。 うん。うん。うん。 だ、どっかそう脇水がいた後もいっぱいあって、じゃ、今は湧いてませんけども、今勝手に決めてるんですけども、ここもそうだ。 だろ?そうだろう。でからこっからその水を集めたやつが あのあそこから落ちて髪の頭に 落ちてるっていう。うん。 で、それが調べてたらネットで調べてもなかなか出てこなくてでざっと調べてたら これと同じような あの地形が地形ちゅうか相手です。 出雲大 出雲大社 の北島県ってこと?あ、 はい。あそこの庭園っていうのはあれ亀山 うんかやたら亀にってたとなんです。 そうです。亀山なんです。 で、そっからあのめた滝があったでしょ。こ あった。 あそこのあれが亀の斧の滝なんですよ。 で、その滝に心っていう池があって うんうん。 あの中に少なび子の見事が待つってあった。 うん。うん。 で、少なび子の見事っていうのは少な子がいたもんです。 そうです。 これはま、僕のダイバーとしての調べた結果ですから、スクナビットの見っていうのは、あ、ま、あの、久々と一緒で 恋から来た神様。 うん。うん。 で、彼はあの少なみは子供の神様で向こうから、 ま、薬品とかなんかそういうものを持ってきた。で、来る時に足船によってやってきたとか、海ガに乗ってやってきたという逸場があるんです。 うん。うん。うん。 へえと思って、でも一番初めは池の中見た亀だらけやんからこれとよく似てるやんかって思ってたんですけどもね。 で、少なみの見事を立ってるこのこれが亀やったらおもろいのになってちょうど似てるのになって思って うんうん 見たらちゃんとこうにあの石像があったり 石像羽の生えた少な これが亀に乗ってる石像がバーンってバーンって置ってありました。 社の下は 苦でもいいわけですよね。 うん。 ま、これは僕当て付けなんですけど。 いや、でも構造的構造的にすごい昨日そういう 今の 導かれてる 導かれました。本 北島さんの 北さんの庭園にあるものが 1000 年前には海の中にあったっていう。 うん。うん。うん。うん。うん。 で、両方ともあの仙も北あ、北島さんもあき門なんですよね。 うん。うん。 そういうところからもちょっと もっとこっちの方がまう あのここの優勝によったらかなりこう 1000年古い神社と うん て言われてますのでそういうとこからなんか 来てる可能性もあるんじゃないかなって 僕は見てるわけですよね こういうすごい うん 地形が 眠ってて出たし でたまたまその出雲の中には うん あの成暦 733年に書かれた時にその うん、 え、タ湾っていうのがまだあったわけですよね。 栗島っていうあれで うん。 で、その880年リズム王子の時に沈んで うん。うん。 沈んだから使えなくなって うん。で、え、成 948年60 年後にやっぱりその復活してですね、やろうと思った時にはもうそこが使えなくなってたんで、アマテラスを成暦 948年にこっちに潜宮して うん。うん。 うん。 なんか僕もそれ見た時に うん。 あ、じなんで戦れた? 1500 年間もやってるのになんで戦れたんかなと思ってごつ不思議やったわけですね。 でもよ考えたら復興するのにやっぱり 60 年かかるじゃないですか。その時で山道しかないし。 うん。 で、来ても駅病が流行ってるし、 どんどんどんどん病気になって復興できない。で、やっと自分らの生活とか神様のことを考える 60年かかった。 うん。 で、その時にはもう向こうが使えなかったんで浜スをこっちに潜宮して で、ここで夕日の新庄やれ始めて今 1100年経ってんじゃないかって ていうのが僕の平成の神なんですか。 うん。 素晴らしい。 はい。 めちゃくちゃ腹落ちする話。 うん。 いや、腹落ちするように作ったんですけど。いや、 でも、でもそのだ、その証がね、形で残ってるんだ。 そうですね。 素晴らしい。 で、 本当は潜りたいけど、今日潜れないから。 でも、 え、ね、潜れる人はね、 そうです。 も、生でみんな見に人がいるんでしょ?その実践潜ってちょっと全国的に報されました。 うん。 で、あの、で、僕もそこで、あ、天が潜されたのは、あの、今の神社、神社なかったんで、神社を作るために宣遇されたんだと 理解したんですけども、 えっと思って、で、いつ作られたんかなと思って調べたら成暦 1630年にできてるんですよね。 っていうことは600 年以上ほったらかしになっとったわけです。アメやっぱ先住あ。 うん。 600年結構600年っていうのですね。 ということはアマテラスその神社を立てるためにアマテラスを宣したんじゃないでやっぱし うん。その自信で使えなくなったから こ今のここでやるために麻戦してでここでやり始めた て僕は思ってでそれをまここの方学者さんがあの調べてくれてましいでしょう。うん。 全部正しいと僕は思ってるんですけども だからもう東大の沖の方今から行きますけどもその辺の下にもそういうのがまだまだ眠ってます。 うん。うん。うん。うん。 それを1 つずつこう解明したいなと思ってるけど、ま、ロマンで置いといてもいいかな。 うん。 うん。 なんかこう見せていただいてるみたいで。 うん。うん。 うん。 ま、あと何年気あるかわからへんだちょっと形にしてね。 やりたいなと思って ます。 素晴らしい。 で、今ちょっとそれを3D で起こしたいなと思って。 いや、素敵。すごいすね。 うん。 で、みんながそれをね、体感できたらいいかなと思って。 が男と女がクロスしてたってことは 来たからもしかして天らさんリンクさしてない。そちをいや チの話は色々あります。 色々あるんですか? あの説が。 これ何?指刺す? あ、Aですか?それとも指刺す? あ、それ指刺す。 全然違うとこから買ってきたけど。 指、 ここ飛び絵がたくさん出るんですよね。 なんかAみたい。 そう、そう。飛び絵がたくさん出るから 飛び飛び 飛び。 あ、飛び。Aの方、Aが飛ぶんだ。 A が飛んでるっちゅうかね。あの、泳いでるんですね。 それが ああ、 あの普通Aはこうこういう形では でも飛びえっていうのはこうマンタみたいにう ん。 だから飛びえていう あ、本当にこう そう でそれがここ全国でも1番 へえ1 番最高出た時は 50匹ぐらい すごいわ すごい 出てるとこなんですよね。 でこれが今あの 解体何メートってこと?水深どのぐらいってことですか? いや、もう深いところはここは 30mです。10m。 ここは大体12からこれを先の踏島 12。うん。 うん。 ここ鳥があるとこですね。今こ見てるのがこっち側から 見てるからこれが見えなかったんですけど。 うん。うん。 で、今から船出していきますけども。で、ここに ずっとこういう風な洞窟がずっと続いてて、ここ道がずっとこう続いてるわけですね。 [音楽] うん。 で、こっちにもこう行く道がありますけども、こっからずっと行ってこれを上がっていくわけですね。 で、ここもちゃんと山道になってるわけですね。 はいはいはいはい。 で、ここ今12 ぐらいなんですけども、こっから上がって 6m、あ、水進7m、8m ぐまで上がっていって、 ここでこっち行く道とこっち行く道に分れてるんですよ。うん。 うん。 うん。うん。 ここでこれでこっち行ったらここにもうこういう洞窟が おお、 洞窟 洞窟があってこっちに抜ける道もある。うん。 で、こっち抜けていったさっきのおか うん。 っていうところまでちゃんと道があるわけです。 で、こっからずっとこれをま、こっからもう行けますけどこっからこう行って降りていったらタの方に行く道がで、タがこれなんですね。 うん。 うん。 で、これが行ったら こういう格好に向こうにおるわけですよね。 で、こっからずっと行ったらこっからこう入ってでもこの丸石がずっとあるんですけども石っていうのこのうん。 部屋の半分ぐらい1/4 ぐらいの意思がこういう風に散乱してるんですけども うん。 で、よう見たら初めはこうもうそんな道に見えないから、 ま、そんなとこだろうなって思ってたんですけども、でもそのこっからの道を見つけた時にこれってこっから入ってきたら違うんかなと思ってずっと調べたら みんな落席なんです。ですよ。 うん。 お うん。 だからみんな下が円が切れてる。 はい。 だからその時に ここ駐場設理ってあの柱みたいなんですけども。 うん。 ま、もろい。 揺れにね。 うん。 それがでかいのかこだからこの辺になんかそういうもっと高いものがいっぱいあったんだ。それがポトンと落ちてその三道を全部埋めくっつくしてるわけです。埋めちゃったん [音楽] でこっからちゃんとこっちへ上がっていく道とこっちから上がっていく道があってこういう風に平になってるんです。 ここ昔はここまで歩いてきて ここで夕日の新庄を行ってた。うん。 これも1500年間うん。うん。 ていう場所ですね。 タで タでここにな、ま、つけてませんけど、 あの、ま、ここ青ワびりって言うんですけども、 ちゃんとここに背が で、ここを守っているっていうのが僕の今の事なんですけどもね。 うん。うん。 はここでそういう信じをノは多分多分じゃなくて僕は思うには あの神様じゃなくてここの様ね向こうから来た すごいあの人間だったんじゃないか向こうからトで来てだその紀元前 1000年頃に あの日本に鉄が入ってきてるわけですねその大和の方も多分入ってきてると思いますけども ここにもそういう人が入ってきてここで防衛鏡をしてたんですよ。 うん。 で、その時に鉄を持ってきて、今まで石とか木で戦いとか農業をやってたのが一気にクとか 剣になる刀になるわけですから。で、今佐野さんも刀に松わ、鉄に松わりが 大和の王大事したとかうん。 多いわけですよね。で、神様扱いされてで、ここはで一挙に勢力を増した時代があったんじゃないか。 うん。うん。 で、その後やっぱりあの、今の出雲大の方が力をつけてきてなんか株がどんどんどんどん向こうに移行したっていうのが、 え、成暦年頃からの なんか書物にも乗ってました。 なんかその頃から向こうにその力があの移ってた。それまではここがすごい力うん。 を持ってた時代があったんじゃないか。 うん。 で、ま、これは僕もちょっと動いたんですけども、だからこっからで、ここで多分その時に近く変動かなんかが起こってこでもできなくなってここが沈んで うん。うん。 この時ここが30m、ここもここも30m のところに ちゃんとあの前の海面のラインがあります。 うん。 ここにもここにもでここう でこの辺でそういうことをやってた。でもその後天たちがここにこにしてその後ここでもやってたけども 1500年間 うん。うん。で、成暦880 年。これはあの、ちゃんと年票に出てるんですけど、いつも王自身で うん。うん。 あの、沈んでいったんじゃないか。沈んだか ま でもあの学者に言わしたらそんなに沈まないとかって言われますけども、 見たんかいってことです。 そう、そうです。僕もそう見たんかせ潜ってミリやとかって言うんですけどもね。 ね。 ありがとうございます。 そ、その、ありがとうございますね。いや、ほんまその通りなんです。 あの、見たんで、その先生は潜って潜りました。 うん。ああ。 で、今一緒になってるんですけども、 あ、じゃあやっぱりって やっぱりそこまでその 6070前にから始めたんで ちょっとこうやっぱしその大きい、 もうこの辺は見えるんですけども、大きくなかなか 初心者の人は見れないんですよ。 うん。うん。うん。うん。 で、ちょっと、ま、でもあの先生は調べてくれていろんなことをあの [音楽] 提案してくれてるんですけどもう うん。 どこまで話したかな。ま、そういうのがここにあの沈んでてですね。ここはあの天かが成暦 88円時に沈んでる。 素晴らしい。 じゃあ行きましょうか。 是非どこ驚いた。スタバゲッタしでしょう。そりゃないでしょう。 [音楽] 無夜がまたくれば朝がすぐに来て正末が来るよ。 [音楽] [音楽] He.

島根県出雲市の日御碕沖には、岩を削ったような階段状の地形やトンネル、拝台と思われる岩など、自然には見えない不思議な構造物が集中する海底遺跡が存在し、ダイビングスポットとして多くのダイバーに人気を集めている。日御碕灯台の真北、経島(ふみしま)からボンクイにかけてのエリアで、神話の里・出雲に眠る太古の建造物とも言われている。

チャンネルへのタイアップ・コラボ依頼はこちら
https://forms.gle/GWTEZ6LKd5VYQwoHA

音楽協力
谷啓「アイヤ・ハラホロ」(作詞:高平哲郎 作曲:仙波清彦)
© 1991 WATANABE MUSIC PUBLISHING CO., LTD.

アニメ協力
© NASA’s Goddard Space Flight Center/Conceptual Image Lab
Krystofer Kim (USRA): Animator (https://kryated.com/)

#出雲 #山口智子 #旅行