2025年8月17日 朝の礼拝式
[音楽] お [音楽] Ja [音楽] [音楽] お [音楽] 礼拝への招き参加感謝のために全地を主に 向かって喜びの叫びをあげよ祝い 主に使え喜び歌って見舞いに住み出よ知 主神であると主は私たたちを作られた 私たちは主のもの。その民主に養われる羊 の群れ。感謝の歌を歌って主の門に住み、 賛美味の歌を歌って主の庭に入れ感謝を 捧げ皆を称えよ。主は恵み深く慈しみは としえに主の真実は良いに及ぶ。栄光の ひなる神を賛備いたしましょう。山英の 546番です。ご起立できる方はご記立 ください。 どうぞお座りください。 栄光に輝く失は完全に正しいお方。どんな に小さな罪も君嫌われ怒りをます。しかし 同時に周りにうことでもあり私はその罪を 素直に認め告白し許しを求めるときして くださいます。まず礼拝のしりに従って 先週間の罪を教会共同体全体で告白し許し を祈り求めましょう。愛する兄弟姉妹主 イエスキリストの戒しめを聞きなさい。心 を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして あなたの神である主を愛しなさい。これが 最も重要な第1の規手である。第2もこれ と同じように重要である隣人を自分のよう に愛しなさい。立法全体と予言者はこの2 つの点に基づいている。また次の約束の 御言葉を聞きなさい。自分に罪がないと いうなら自らを欺ており心理は私たちの うちにありません。自分の罪を大やけに 言い表せなら神は真実で正しい方ですから 罪を許しあらゆる富から私たちを清めて くださいます。 ですから、今人の心を探り知られる神の見舞罪を告白しましょう。 ご一緒に物の作り主全ての人のさき主であられる神を 私たちはあなたの聖なる戒し目に従わず 失われた羊のように見舞いで 思いと言葉と行いにおいて罪を犯かし あなたの身怒りを招いたことを深く悲しんでおります。 あみに飛んでおられる父を犯した罪を憎み悲しむ私たちにみを注いでください。 主 イエスキリストにおいて私たちを許し見たによって生まれ変わらせ皆の境のために生きるものとならせてください。 主イエスキリストの皆によってお祈りいたします。 あーメン。 あメん。ではしばらくしる神の前に静まっ て心の中で具体的な罪があればそれを告白 し許しを祈り求めましょう。 十字架と復活の主キリストによる罪の許し の宣言 あなた方は各々真心から自分の罪を食い キリストにおいて提供された神のあると 許しに寄りすがろうとしています。この ように心から食い改めてイエスキリスト に寄りすがる人には父精霊の皆によって罪 の許しを宣言します。ご一緒にあーメン。 主キリストによる罪の許しの恵みをいただいて感謝の思いから教会の 3つの重要な文章門首都信 10 回主の祈りに順で感謝を持って言わしてまいりましょう。文言は子供の教会版です。主都信はこの世界をお作りになった主何でもできるお父さん神様を信じます。 私はどのった 1 人の子。私たちの救い主イエスキリストを信じます。 イエス様は精霊によって宿り乙女マリア から生まれポンテオピラトの元で苦しみを 受け十字架 につけられて死にお墓に入れられ読みに 下り3日目に死んだ人の中から復活し天に 登って何でもできるお父さん神様の右の席 に座っておられます。そして永遠の命を くもと滅びるものをさくためにまた来られ ます。私は精霊を信じます。聖なる1つの 教会、信じる人の交わり、罪の許し、体の 復活、永遠の命を信じます。あーメン。回 私は主の神エジプトで奴隷になっていた あなたを自由にした神である。あなたは私 の他に神があってはならない。あなたは神 の姿を形にしようとしてはならない。 あなたの神主の名をふざけて口にしては ならない。暗足に大切にし神のために使い なさい。あなたの父母を敬なさい。 殺そうとしてはならない。してはならない。 盗んではならない。人について嘘を言ってはならない。人の持ち物を欲しがってはならない。 主の祈り。天にいらっしゃる私たちのお父さん。 あなたのお名前が褒めたえられますように、あなたの見国が来ますようにあなたのお考えが天で行われる通りこの地上でも行われますように [音楽] 私たちに毎日必要なものを今日も与えてください。 私たちの罪をお許しくださって私たちも人を許すことができるようにしてください。 私たちを悪い誘いに合わせず悪いものから救ってください。 国と力と栄光はまでもずっと新たものです。 あーメん。 では今朝の家庭キズムの歌 8番から10番それぞれ1 回ずつ大きな国の歌いましょう。 [音楽] 誠の神様、どんな方 見えないけれど、どんな 時でも 私と一緒にいてくれる。他にもたくさん神 様がお1人 だけが誠 の神様よ。生きておられる神様よ。他にも たくさん神様が他の神々 に人々 が作り出す 悲しむ神様思わずに それでは聖書の御言葉を持って栄光の人の 神を賛備いたしましょう。変化の第24編 です。ご起立できる方はご記立ください。 [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] 死にがるのびように住むのみが全て主のものなり主はそのい [音楽] 大水 の上 に 末石ゆ に 主の山 に登り せよ に立つ 心 よく いつ に近わず 無しき もには 心を寄せるもの かかる 人は主 選挙に立つ 救いよによるけ これぞ主し たい ヤコル の神 の 身かを尋ねる の 心しえ のよ。 をめあげよきたらゆか戦いにたけ強き主し [音楽] [音楽] [音楽] に どこしれ のよ 長 を目あげよき [音楽] たら [音楽] なんだ は酒境の [音楽] どうぞお座りください。お祈りをいたしましょう。聖のるかな。聖のルカナ聖のるかな。 万軍の主 み父と巫女と精霊なる密にして1つなる神 あなたは祝福に満ちた唯一の主権者王の王 主の主唯一の不思の存在 近寄りがい光の中に住まれる方誰1人見た ことがなく見ることのできない方 おまれととしえの主権はあなたのものです 。あーメン。 天皇父よ、あなたと恵とあれみに満ち 溢れるご支配の店の中で 主の2025年も8月3回目の市の日 安足日をこの地上にあって迎えることが 許されました。 先週の前半には雨も降りまして真夏の 中休みのような気温でありましたが、また 厳しい暑さが戻ってまいりました。 天皇父よ、誠に罪深い一条の私どもであり ますが、あなたの愛する巫女イエス キリストの故にあなたのことしてくださっ ている地上の私どもを豊かに哀ーレんで くださいまして熱中症様々な健康被害から お守りください。 天皇父の右の大座にいます復活の主すよ。 あなたはこの安足日も招きの御言葉によっ てこの地域の様々なところからこの街道に 私どもをこのようにお集めくださいました 。 今私どもはあなたの十字架の死による罪の 許しの恵みの中で誠なる聖なる天の恩父の 身前に立つことが許され天の恩父の身を 平安のうちにあぎ見ることが許されており ます。 今天井にあってはあなたへと喜びの礼拝が 下げられております。 数えきれない天使の大軍すでに天に召され た数えきれない信仰の先輩と共もにこの 地上のこの街道にあってハレルヤとあなた を礼拝できますこと心から感謝をいたし ます。 しかしこの地上の私どもは天井の先輩とは 違いまして、未だ罪に汚れており、先週も 罪戦いで魂疲れ果て傷つき弱って今ここに 戻ってまいりました。 あなたはそのような私のみに宣言ください ます。 私は復活であり、命であり、私を信じる ものは死んでも生きる。生きていて私を 信じるものは誰も決して死ぬことはない。 アーメンしよう。私どものうちに増す精霊 にあってあなたを通して天の恩父と豊かに 交わることが許され、あなたとの永遠の命 の交わりの中で私どもの魂癒され、慰め られ励まされ元気づけられますこと心から 感謝を申し上げます。 見たなる清き神よ。はこの後の聖書の 御言葉の朗読特に説教を避難として 巫女イエスキリスト並びに恩とのいよいよ 豊かな交わりを与えください。 そして巫女イエスキリストにあって罪許さ れて永遠に生かされている喜びで満たして くださって勇気と平安を豊かにお与え くださってこの世界へと新たに派遣 くださいますよう心からお願いをいたし ます。 主時を同じくして取り行われている小海道 の礼拝式も豊かに祝福してください。本日 江団に派遣されている伊藤児童新と説教者 による御言葉の説教を通して小中色路に 集うお人にもあなたの命の交わりが豊かで ありますように 伝動の主も は目に見えるものばかりか目に見えない 偶像をこるこの日本そしてこの北制地方に 派遣されて平和の福印を託されております 。 願は時が良くても悪くても精神の知やられ ているままの福印を述べ伝えて生ける誠の 主理あるあなたを証しすることで私どもの 隣人があなたをこそ生ける主と主に信じる ことができますようにそしてこの街道また ク道にあなたを崇める礼拝共同体が いよいよしっかりと形作られていくことが できるよう 精霊なる主の豊かなお働きを心からお願い をいたします。 平和の応与今朝も地上の平和のため 取りなしの祈りを下げます。今週もこの 世界に主イエスキリスト中心の平和豊かに お与えください。 願くは政治の務めを託された方々、特に 各国のリーダーたちを確別に帰り見て ください。 この国は先週対戦80年を迎えました。 戦争体験された世代の方々が少なって まいりましたけれども、それでも戦争に トラマ、行為症で苦しむ方々が今たくさん おられます。 特に原爆による行為症は広いです。願は 人類が争いを核兵器を用いて解決する愛か な手段も選択するようなことがありません ように悪魔の声を知り解けてください。 特に地道な話し合いにより争いの解決に心 と力を尽くしている関係者1人1人を助け てくださいますよう心からお願いいたし ます。私どもも鳥なしの祈りを忘れずに 平和実現のためにあなたの子供として老 することができるようにしてください。 巨大地震をはめとして津波大雨洪水また 原発事項などの人災によってこの地上の 多くのびットたちが記載しておられます。 主豊に哀れんでくださいますように北朝鮮 によって拉致された方々がそれぞれの 動かったAと一刻早く立ち帰えることが できるよう主その道筋を整えてください ますよう心からお願いをいたします。 観測の使用この街道での礼拝式に集われる お1人1人 今インターネットで在宅礼拝式が使って いるお1人さらにはこの教会に関係するお 1人1人子供の教会の子供たちそれぞれご 家庭それぞれに今週もあなたの祝福を豊か に添いでください。 今週末に行われる結婚式を豊かに祝福し、 主にある家庭形成を導いてくださいます ように本日礼拝式に出席できません方々を 特に伝えてください。心に体に弱そうを 覚えている方々を得に伝えてください。今 施設にある方、在宅療中の方、隣国韓国に ある方々を特にお守りくださいますように 。また本日や日曜勤務にあるような方も あなたがに伝えてください。 この礼拝教最後まであなたの恵会見てにおいりいたします。主の未来により感謝して祈ります。 あーメン。 あメん。 では賛美化の2編の第1 話を持って吊む頃だ。心を高く失う神イエスキリストをいたあげましょう。立てできる方はご知り立ください。 [音楽] 心 を高 あげよう。 主の見声 にしい 。 ただ主の身を見上げ て 心 を高く あげよう。 の 世なれいものを恐れなより投げ捨て心を高くあげ [音楽] [音楽] [拍手] [音楽] よ 主から受けた全て を [音楽] 主に捧げ て 清き 皆を褒めつつ 心 を高く あげよ。 [音楽] 終わりの日が来たなら さき の座を見上げ て 我が力 の限り に 心 を高き上げ あめん。 どうぞおりください。では今朝の失神イエスキリストからの語りかけに耳を傾けます。今朝は旧約聖書イザヤの第 [音楽] 17章全体を朗読いたします。 旧約聖書1086ページ所第17章全体を 日本政協会新共同薬書で朗読をいたします 。 ダマスコについての宅戦 見よダマスコはの重影を失い瓦礫の山と なるアロエルの待ちまちは見捨てられ家畜 の群れが不脅やかすものもないエフライム からは砦出がダマスコからは王険が与える アラムに残るものはイスラエルの人々の 栄光のようになると万群の主は言われる。 その日が来ればヤコブの力は弱まりその 超えた肉は痩せ衰える。借り入れるものの 集めた立ちれの方。その腕に集めた落ち、 レファイムの谷で拾った落ちぼのように なり残り しかないのにオリーブの木を打つような ものだ。小の方に2つ3つのみ。豊かに 実っている枝でも4つ5つとイスラエルの 神主は言われる。その日には人は作り主を 仰ぎ、その目をイスラエルの聖なる方に 沿う。もはや自分の手が作り、自分の指が 作った裁団を合うことなく、柱の柱や路台 を見ようとはしない。その日には彼らの砦 の街はイスラエルの人々によって見捨て られた木の枝や小のように捨てられて廃墟 となり。お前は救い主である神を忘れ去り 砦とを頼む岩を心に止めていない。 それならお前の好む神々に下げるを作り、 異境の神に下げる武道の枝を根付かせて みよう。ある日園を作り成長させ、ある朝 を巻き芽えさせてみてもある日と癒しがい が望み収穫は消えせる。わざわイダー多く の民がどめく土めく海のドめきのように 国々が騒ぎ立つ騒ぎ立つ大水の騒ぎのよう に国々は多くの水が騒ぐように騒ぎ立つだ が主が知ったさと彼らは遠くへ逃げる山の 上でもみ柄が大風に彼派がつむじ風に追わ れるように夕べには身を破滅が襲い世の 開ける前に消えうせるこれが我々を略奪 するもの のおける分、我々を強奪するものの運命だ。以上でございます。は、皆さんハレルヤ ハレルヤ。 主エスキリストは全世界の誠の王様です。十字架のから復活なさって、罪の力、死の力、また闇の帝国の頭ら、サタンに悪魔に勝利してくださいました。 そして天皇の大座に勝利の凱旋をなさったのであります。ですから皆さんスルスムコルダスムコルダ 今こそ私たちの心高くその天皇の勝利の王様イエス様へとあげましょう。またその勝利の王様は今目を見ませんが確かに精霊にあって今この礼拝式の場にもお越しでございます。そして私たちに今寄り添っていてくださいます。 この聖書の御言葉の説教に聞くことで主様との交わり平和が皆さんにいよいよ豊かでありますよう。改めておはようございます。 おはようございます。 また厳しい暑さの日が戻ってまいりましたね。さて、本日のこの御言葉に聞くためのまず魂のウォーミングアップから始めたいと思います。 あるもののことをですね、ちょっと難しく 表現しますので、何のことかちょっと考え てみてください。 人々の生活を営む上で不可欠のものとして 捉えられた金属あるいは神とは何のこと でしょうか?迎えます。 日々の生活を営む上で不可欠のものとして捉えた金属いは神とは何のことでしょうか?さあ何のことでしょう? 金 金ね。 今金ってお金 お金 ね。そうですね。 もしかしたらやがてその完全にね、 キャッシュレスの時代がね、本当に来るか もしれませんので、私はまだまだその スーパーとかコンビニで現金対応です。 え、財布からですね、お金をですね、1枚 1枚取り入れてね、取り出してで、こう 投入うちにね、入れていくっていうね、で 、ずっとこうレスができちゃっていうね、 そのタイプなんですけど。 で、このお金もですね、実は時代によって 移り変わりがあるわけですね。 江戸時代の終わり頃までは金と言ったら金 が銀の下幣でした。 で、銅とか鉄でできたものをゼと呼んで ました。あの銭型平事の銭ね。 知ってます?銭型平事知ってます。 で、神を札いう風にね、呼んだそうですね 。うん。で、こういったものが江戸の 終わり頃から明治にかけてお金とこうね、 まとめて呼ばれるようになったそうであり ます。 で、金属に過ぎないのになんでをつけるんですかね?なんでけるのかね。王ね。 大切だからです。 大切だから。ま、金属としてはその金のね、価値が高く認識されていたので大をつけるんじゃないかなっていう風にね、そういう風に今言われてるんですが、で、このお金不思議なものはないですよね。 [音楽] 何よりこのお金の価値というものはその社会全体の信頼意によって成り立たっていうのがお金の事態の価値ですよね。なのでお金に価値があるわけではないですね。お金 そのものはもう金属とか噛み切れでしかないとます。がどうした結果この金には秘められているようにこういえまです。 例えばお金がたくさんあって高級車に乗っ てブランド品で身を固めるならばその周り の尊敬を獲得できるとこう思いがちます。 また私人間っていうのはね、お金がいくら あったとしても満足するってことはない ですよね。どうですか? 満足するなんてことありますか?どう でこれちょっと調べてみると審議学で言う とその人間というのは お金による恵まれた状況に慣れてしまうと 満足感とか幸福感が減ってしまう傾向に あるだからこうね満足できないっていうね 心理学的にはそう言われてるみたいです。 で、それお金に対する言度はないとその ようになります。 でもお金というのはこれ神様からの玉で あって決してこれ悪ではなりません。 これ生きるのに必要不可欠ですね。大切な ものです。さっきね、おっしゃってね。で 、にも関わらず偶像のように人間の心を取 にしてしまう。奴隷にしてしまう。そう いう面もお金にはあるので、これは要注意 であります。 さて、毎月第3手術の朝の例式ではイザヤ の御言葉に聞くことにしておりますけれど も、え、本日はこのイザヤの第17章の 予言でございます。 で、このイザヤというのは第13章の ところから、え、 神の民イスラエル以外の国々への宅戦。 特にダビデ直系の南浦王国以外の国々への 救いとあ、さきと救いの予告っていう風に 第13章のところからなっております。で 、この新度役はですね、ま、タイトルが それぞれつけられているので大変便利です ね。 え、まず第13章のところで やがて世界帝国となってまいります バビロン帝国への予告がそこに記されて おりました。第13章 で、第14章の後半のところで、これは バビロン帝国以前に世界帝国であった アッシリア帝国への予告っていうことに なっていました。 で、第15章、第16章ときまして、これ はモアブ王国への予告ということであり ました。 これ第13章からですと、 神の都エルサレム中心の南ユダ王国という ところへと遠くから近くへとだんだんです ね、その予告の対象が移ってきているん ですね。 で、本日のこの第17章のところで ダマスコとエフライム、 つまりこれは南浦王国の最も近くにアラム 王国というのがあったんですが、 そのアラム王国とエフライムっていうのは 北エル王国のことです。そのアラム王国と 北エル王国への予告っていう風になって ます。 エフライムっていうのは北イスラエル王国 だと申しましたけれども、これは実は南浦 王国と同じ神の民イスラエルからなる王国 なんですね。 で、ダマスコというのはこれはアラム王国 の首都であります。これ今日のシリアです ね。 え、今日ですとこのダマスクというのは ダマスカスという風に呼ばれています。 今このシリアは激しく揺れ動いています。 なんとなれば 長年麻政権という独裁体制が惹かれていた わけでありますけれども、それが昨年の 12月でありました。反政府勢力によって 崩壊いたしました。 今新しいその政治体制をですね、構築中と いうことらしいですが、 シリアは多くの周波とか民族から成り立っ ている国であります。なかなかやっぱり 一致が難しいようですね。 で、この6月にはギリシャ教に属する ダマスカスの教会がイスラム会議組織IS の受爆テロにありまして本当に多くの方々 が亡くなったということであります。 ま、そんなこんなでこのダマスカス ダマスコ今世界の関心の的であります。 私たちもなしの祈りの1つに覚えたいと 思うんですね。すると世界平和の実現の ため本当にたくさんの祈りが必要ですよね 。もういろんなところで流血の争い起こっ てるわけでございます。 でも今回はこのダマスコ 皆さんにとっては実は頭の片隅にずっと ある町の名前ではないでしょうか。ダマス いかがです。 なんとなればあの首都パウロ、その頃は サウロと呼ばれていましたけれども、 このダマスコに向かう途中で復活の主 イエス様と出会って海神へと導かれたん ですね。 で、このダマスコという町は、ま、その 当時というか、もっと昔からですね、東西 南北を結ぶ主要感染道路の合流点にござい ました。 そうするとその分商売が盛んだわけですね 。ダマスクはで富お金がワンサ集まる街 ですね。土佐弁で言うとコントって言うん ですか?こジャンカコんと集まる街ね。 それがダマスコだったわけですね。 ところで今回の予言がこのイザヤに与え られましたのはこれ歴史的に言いますと アラムとイエフライムとが同盟を結んで 世界帝国のアッシリアにはかっている そんな時でございました。 で、南湯川と言いますと、なんとその アッシリアに支援を求めてでアラム エフライム同盟に対抗していたんですね。 なので、本日のこの第17章の予言におき ましては、アラムとエフライムとの同盟 関係の故えに2つで1つの幻が与えられて いるそういう風に言われます。 ま、そういうわけで1節前半 ダマスコについての宅戦、これはもう エフライムについての宅戦、北スラエル 王国についての宅戦ということでもあるん ですね。 さあ、そこで1節、後半から3 節をおしましょう。じゃあご一緒におみしましょうか。よろしいですが 1節から3節3はい。 ダマス子についての宅戦。 美ダマス子は都子のお重かを失い瓦礫の山となる。 アロエルの待ちまちは見捨てられ家畜の群れが不しい。脅やかすものもない。 [音楽] エフライムからは砦出が、ダマスコからは王剣が耐える。 アラムに残るものはイスラエルの人々の栄光のようになると群の主は言われる。 [音楽] 主だる神様による徹底したさきの予告でございます。 で、その徹底したさきというものは、え、 この4節、次の4節、7節、9節で、え、 繰り返されていますようにその日に起こる ですね。 その日が来れば必ず起こるというです。 で、実際歴史的に言いますと、まず エフライムが、つまり北エル王国が、え、 紀元前722年のことでありますけれども 、アッシリア帝国軍によって滅ぼされて しまいました。で、その2年後の紀元前 720年にアラム王国はですね、 アッシリア帝国軍によって占領されて しまったのであります。しっかりと歴史の 中でこの予告は予言は実現しております。 で、そういうわけで4節から6節 その日が来ればヤ部の力は弱まり、その 超えた肉は痩せ 借り入れるものの集めた立ちのほ、その腕 に集めた落ち、レファイルの谷で拾った 落ちのようになる。積み残りしかないのに オリーブの木を打つようなものだ。小勢の 方に2つ3つのみ豊かに実っている枝でも 4つ5つとイスラエルの神主は言われ アラムはそのダマスクの町の家に本当に 豊かでありまして材力富を誇っておりまし た ところがそれが一ぺいたします。立ちれの 炎のように落ちぼのようになってしまう。 積み残るしかないオリーブの木のよう1つ の木に少なくて1つか2つ多くて4つか5 つの身しかなくなってしまう。 これはそれぐらいにアッシリア軍によって 富が奪われる集奪されるということです。 で、それは主なる神様によるさきでしか ないということですね。 9節も同じさきのことが欲くされています 。その日には彼らの砦の街まちは イスラエルの人々によって見捨てられた木 の枝や小のように捨てられて廃墟となる。 イスラエルの人々によって見捨てられた木 の枝や小税のようにとこう言われてます けれども、 ここはあの神の民イスラエルがヨシアに 引き入られてで中東パレスナつまり約束の 土地カナンに入った時のことがここで実は 言われてるんですね。ちょっとこういう ところは解説が必要になってくるんですが 、これはこのいざの時代からおよそ 1000年も昔のことでございます。 で、その時アラム人はですね、自分たちの 土地を見捨てて逃げてしまったんですね。 で、その時と似たような状況になるという 、そういう予告であります。 つまりイスラエルの人々によって見捨て られた木の枝や小のようにというのは イスラエルの人々の侵入によってアラブ人 によって見捨てられた木の枝や小のように というですね、 ちょっとこう言葉を担って丁寧に言わ なければならないのでちょっとそういう ところがですね予言書読むで、え、少々 難しいところなんじゃないかなと思うん ですけれどもイスラエルの人々の侵入に よってアラム人によって見捨てられた木の 枝のようにという風にね、こういう風に 読む必要が出てまります。 では何上にこのアラグそして首のダマスコ は主なる神様によって徹底してさかれるの でありましょうか。そのさきの理由は何か ?それが8節や10節、11節に示されて います。 一言で言います。 主なの神様が徹底してさかれるその理由。 これはもう偶像数杯の罪の家でございます 。 例えば8節 アラへの崇拝の家。このアというのはこれ は女神と青がれ崇められていった軍像で ありますけども、ま、土地に豊かな実りを もたらすとそう信じられていた偶像でです ね、そのアシュラへの崇拝というものが実 はエフライム神のイスラエルにも持ち込ま れたのであります。 北イスラエルエフライムのアハブの妻ルに よってなんですね。 で、予言者エリアとかエリシャが何度も 警告したんですけれども、決してもう 食い改めることがないぐらいにエフライム において日常化してしまっていた偶像崇拝 というものが これあのクリスチャンがですね、聖書の神 様を蒼いで崇めつつもその神社のご国法の 神々をですね、拝むようなものですね。 それと10節に示されていますけれども、 アラムではお前の好む神々といたしまして 、これ植物がですね、神々として崇められ ていたっていうんですね。植物ですね。 なのでここで、え、園のことが言われて いるんですが、これ植物園のことです。で 、その植物の崇められていた植物の1つが 姉骨だそうですね。姉骨。姉のも姉骨が神 として崇められていくんですね。偶像とし てね。で、この姉骨というのは、ま、植物 なさる方はすぐお分かりかと思うんですが 、植えたらすぐになんか目が出るそうなん ですね。アというのは。 で、そういうわけで11節、ある日園を 作り成長させ、ある朝種ためを巻き芽え させてみてもと、そういう風に言われてい ます。ここで姉のそういう特徴が言われ てるんですが、しかしある日病と癒しがい 、痛みが望み収穫は消えせるとこう言われ ておりますように 神々として崇められている姉というそう いう偶像が主なる神様によってさかれると いうことであります。 以上、アラム人たちは主なる神様の想像の 作品、それは非物と言いますが、その非物 に過ぎないものを自分たちの神々として 蒼いで崇めて、で、10節救い主である神 を忘れ去り砦と頼む岩を心に止めていない わけなんですね。 このことはアラム人ばかりはございません 。エフライム、つまり神の民イスラエルも 同じでした。でもアラムよりエフライムの 方が立ちが悪いのであります。 なんでかと言うと、神のためイスラエルは 生ける誠の神様を知らされていました。で 、神様から恵に恵み与えられていました。 なのにその光る神様を忘れ去ってしまい、 アラムの人々のように偶像に走っていたん ですね。 で、さらに言うと神の民イスラエル、 エフライムもそしてアラムもであります けれども富をこそ砦と頼む岩としていた わけです。今日で言うならばお金を砦でと 頼む岩とするということですね。お金と いうものをビクトしない、美田にしない岩 とするということです。しかしながら富を 砦でと頼む岩とするというこのことはもう 思い込みでしかないんです。 彼らが砦と頼んでいた富偶像はアシリア軍 によって粉々なに砕かれて激しく揺れ動く しかなかったんですね。 さて、12節以下。ここはタイトルに ございますように、これはアラムと エフライムだけではございません。これは 多くの民、すなわち地上の諸国民へのさき の予告でございます。 で、この当時ですね、そのエルサムルから 見ますと、例えばこの日本熱島っていうの は極東に一致しているわけですね。でも そんなエルサレムから見てその極東にして いるこの日本列島に住む人々のことはです ね、この当時はまだ中東パレッシュの人々 の眼中には全くないわけです。 で、時が下ってローマ帝国の初代皇帝 アウストスの時代になりますと、やっと 日本列島は野ですよね。 するとその やヨい時代からおよそ700年の昔、この 時代ですと日本レッドはまだ縄文時代と いうことになってます。 人々は縦穴式住居に住んでいるそんな状況 ですね。 しかしそれでも今回の予言で主なる神様は 地上の庶民族のことを視野にお入れになっ て全ての民族のことを視野にお入れになっ て予告なさったのであります。 神様はもうこの世界の想像の初めから 終わりまで全てをご計画なさってそれ以も 全てをご存知です。なのでもちろんこの 予言には私たち日本人のことも視野に入っ ているわけですね。 改めて12節から14 節では短いので、じゃ、ご一緒に朗読いたしましょう。 12節から14節3 はい。わい多くの民がどべく土めく海の土めきのように国々が騒ぎ立つ騒ぎ立つ大水の騒ぎのように 国々は多くの水が騒ぐように騒ぎ立つ。 だが主が知されると彼らは遠くへ逃げ山の上でも揉みが大風に彼派がつき風に追われるように 夕べには身を破滅が襲い世の当てる前に消えせ これが我々を略奪するもののおける分我々を強奪するもの運命が 14 節のところをご覧ください。 え、夕べには身を破滅が遅いとこうあり ますね。 ここは有べには身を突然破滅が遅いという ことなんです。突然というニュアンスが 止められているところですね。 で、この箇所は霊のイエス様がおっしゃっ た世の終わりの予告と重なって見えて まいります。さあ、そこでルカ印書、第 21章の 25節から28 節のところを開いてご覧ください。前の本にも映し出されておりますが聖書で言うと新約聖書の 152ページです。 [音楽] 旧約聖書というものやっぱり新約聖書と一緒にこう読むということが大事なものでありますので部下福印書の第 [音楽] [拍手] 21章25節から28 節のところそのところをおしたいと思います。 [音楽] じゃあ行読をしましょう。私が奇数説読見ますので皆さん偶数説を読んでください。 それ交互に繰り返してます。ルカニル福印 書第21章の25節から28節。それから 太陽と月と星に印が現れる。 史上では海がどめきあれ狂うので諸国の民はなすべを知らず不安に陥 人々はこの世界に何が起るのかと見え恐さのあまり気を失うだろう 天体が指動かさなからである その時人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗ってくるのを人々は見る このようなことが起こり始めたら身を起こして頭を浴びな あなたの解放の時が近いからだ。 はい。 人の子、つまりさき主イエス様の到来ということはこれ突然起こりましてで最後の審判を行われるんですね。 [音楽] で、 さき主であり、救い主でもあるこのイエス 様のことを忘れ去って、で、砦と頼む誠の 岩であるイエス様を心に止めていない人々 にはですね、突然破滅が襲うということな んです。 偶像特に今日では偶像の中の偶像とも 言えるお金というものを砦と頼む岩として いる人々はその偶像の全てをこなに 打ち砕かれて激しくゆり動かされて永遠に 破滅するしかないということですね。 しかしながら 食い改めて救い主である神様主イエス キリストをこそ砦でと頼む岩としている人 は破滅から救われてまいります。 なのでクリスチャにとってその日つまり主 が突然到来えなさるこの世の終わりの日と いうものは罪汚れからの解放の日であり まして破滅からの救いの日に他なりません 。 主エス様は私たちの救いの完成のために こそ突然到来なさるんですね。なので主 イエス様はこうしいました。もう1度ルカ 福印書の第21章27節、28節に注目 いたしましょう。 その時人の子が大いなる力と栄光をびて雲 に乗ってくるのを人々は見る。このような ことが起こり始めたら身を起こして頭を あげなさい。あなた方の解放の時が近い から。 [音楽] さあ、そして本日の予言の箇所の第 17 章に戻りますけれども、このところにはそのラム、エフライムの人々の中にもその日、破滅から 救われる人々のことが欲されています。 世の終わりの日に諸国民の中で救われる 人々のことであります。 第17章、え、7節。 その日には人は作り主を仰ぎ、その目を イスラエルの聖なる方に潜ぐ。 救い主である神様主イエスキリストをこそ 砦でと頼む岩揺ぎない岩揺れ動かない岩と するならば罪による配滅から救われるん ですね。 お金こそ富こそ人間の砦とを頼む岩と 思い込んでお金にこそ最高の価値が置かれ て万能だと猛進されてそれいえ偶像となっ てしまっている。それがこの世の中です。 そんなこの世中において私たちは次の イエス様の御言葉をですね いつも心に止めときたいと願います。主様 おっしゃいました。本同じルカ福印書の第 16章13節であります。 あ、それなかったですか? じゃ、新約聖書の140ページ 部下福印書の第16章の13節 福印書の第6章、え、第16章の13節。 そこをご一緒にお読みしましょう。140 ページ下の段の1番最後のこと部下福印 書第16章13節ご一緒にお呼びし ましょう。3はどんな飯使いも2人の主人 に使えることはできない。一方を憎んで他 を愛するか一方に親しんで他方を 感じんじるかどちらかである。あなた方は 神と富とに使えることはできない。 今日の説教代救い主である神様か富かお金 か 神様が耐えず私たちに通ってます。 からも是非この礼拝式を中心として聖書の御言葉の朗読ま説教に引きげることで [音楽] 主キリストへの信頼と復讐をましく会えられてまいりたいとそう願います。 [音楽] 主様こそ砦出と頼む誠の岩として今週も突然襲ってまいります。 [音楽] 終わりの時計へと向かってご一緒に会いで まいりたい。そのように願うであります。 お祈りしましょう。 万物を作り、今も全収めておられる主を 主の日の礼拝式を豊かに祝福してくださり 、聖書の御言葉によって私の歩みを守り 導いてくださる幸いを心から感謝いたし ます。 願はこの礼拝式において語る聖書の御言葉 によってあなたをこそいよいよ砦でと頼む 誠の岩とすることができあなたへの信頼と 復讐をまし加えてくださいますように 何より精霊によって助けを導いてください 。またこの場合に1人でも多くあなたの 御言葉に聞く仲間をまし加えてください。 そのためにも私ものこの小さな小さな証の技を何千倍何倍にもいかに祝福し用いてくださいますように心からお願いいたします。主の皆により感謝して祈ります。 あーメン。 あメん。 うん。 それでは賛美化の338 番を持ってなる神イエスキリストを賛備たしましょう。ご立方はご立ください。 検診の印として金をいたしましょう。ご 用意のない方は大丈夫です。ではご報酬を よろしくお願いいたします。 [音楽] [音楽] [音楽] 罪による滅びから 永遠の救いへと私たちを導いてください ました。 救い主主イエスキリストの父なる神様。 この日曜日も あなたの見前にこのように私たちを 召し出してくださり 眠たかな礼拝に預からせてくださいまして 心から感謝いたします。どうぞ。今週も 主なる 神様の大いなるの技から栄光込まれ 愛としに溺れて 神様を心から喜び 救いを感謝して過ごすことができますよう にどうぞ精霊の力によって私たちを強め 導いてください。ただいま2今にお捧げし ました検品は神様からいただきます溢れる お恵みの一部です。どうぞ神様の居酒の ために お使いください。この献の感謝のお祈りを 時私の救い主イエスキリストの皆を通い ます。あメん。 それでは首法によりましてご報告申し上げます。え、個人情報を含むことは例礼配式が終わってからにさせていただきます。え、本日の集会、この後御言葉の恵みの赤違合い、それから午後の 1 時半からそこに、え、掲載されているプログラムに従っ美日と言葉のいりを行います。 え、本日は、あ、先週金曜日、え、 80 回目の配戦記念日を迎えましたので、え、戦争と平和ということに対してこのトーク台でお話をいたします。その後各会礼解がありますが、今日は青年会はなかったんですね。あ、 あります。 ないと思います。 ないです ね。今日9 回ですね。はい。他の会はありますね。課長会。 はい。 人会ね。はい。で、よろしくお願いいたします。 週刊の集会。え、今週水曜日8月20日 午前と午後に聖書の学びと祈りの会をます 。え、右のページの欄です。報告の欄で 本日午前伊藤次郎長老は所属クアの伝動所 にて新説教者として講しです。中回大会 関連で8月27日の水曜日から西武中会に 合流して学生会終了会が大阪の長いユース によって行われます。 週8月の24日子供の教会礼拝式 ユスクラス中通常通りを行います。朝の 礼拝式の礼拝式それぞれ伊藤新説教書のご 報紙です。地区会また子供の協会スタッフ 会もございます。私はク動所に出張です。 何か皆様の方でご連絡とかありますでしょうか?よろしいですか?それでは小映の 544 番を賛備し、宿頭構放送持って朝の礼拝式あります。どうぞご切立ください。 [音楽] つみたい [音楽] あるものを 父 [音楽] を 神を 与えよう [音楽] 。 [音楽] これらのことを話したのはあなた方が私に よって平和を得るためである。あなた方に は世れ苦がある。しかし勇気を出しなさい 。私はすでに世に勝っている。このように 勝利宣言をしてくださった主イエス キリストが今週も精霊にあって共に出かけ てくださいます。だから安心していき なさい。勇気を持ちなさい。弱い人を助け 、苦しむ人に手を貸しなさい。全ての人を 遠びなさい。主を愛し、主に使え、精霊の 力によって喜びなさい。主があなた方を 祝福し、あなた方を守られるように主が 身かを向けてあなた方を照らし、あなた方 に恵みを与えられるように、主が美を あなた方に向けてあなた方に平安を賜る ように主イエスキリストのお恵み、神の愛 、精霊の交わりがあなた方一度と共にある ように。ആൻ [音楽] [音楽]
説教「見よ、世の終わりの幻を!~神か、金か」長谷川潤牧師
イザヤ書 第17章
