(再)本日6月23日ー沖縄・慰霊の日=沖縄戦の悲劇を思い返そう!

よいスタート 映画監督の 大田ですえ相変わらず病人もしています えっとねあの今日は今日はというかえ明日 はえ沖縄慰例の日ですえっともう沖縄の話 もここ数年ずっとしてきてるのでもうえ皆 さんあのご存知かと思いますけれどもえ 明日がえっと太平洋戦争の中で沖縄線えま 内地本道というかえ本州北海道があってで 沖縄があってその沖縄をまずアメリカ軍が 攻めてきたんですねで沖縄をこう占領した 上で次にえ本土攻略をしようっていうのが えアメリカ軍の考え方だってでそのえっと 沖縄線がまなんていうかな事実上終わった のがえ 明日 になりますえっと6月23日えなりますで それがだから1945年のえ6月なんでえ ちょうど今年で80年になるんですよねだ からその年に生まれた方ですら80なん ですよでやっぱその年生まれて1歳2歳 やっていう子だったりやっぱ記憶はないの でそうすると例えばえ当時10歳10歳と 言ってもえ小学生低学年ぐらいえ 1817161514131211 歳で小学3年生え ぐらいですよねでその人でさえ今年90な んですよねだからもうやっぱりそういう 沖縄線を語れる経験して語れる方っていう のがもう本当どんどんいなくなってで僕は だからそうだからそういう風な危機感が もう何年も前からあってであるえ団体さん のえ依頼でえ撮ったドキュメンタリー映画 がこのえ沖縄競争局ですえ僕もそもそも 劇映画の監督なんですけれどもえ沖縄競争 局あ沖縄局何言って沖縄競争局こっちだ クラトで紹介しますえっと ドキュメンタリー沖縄線沖縄線っていう ドキュメンタリー映画沖縄線って一体 どんなものであったのかっていうことを えー伝えるドキュメンタ映画を取りました 何年になるのこれ初めてからえっとこれが うーん 入ってないなあ 20002000 何年か いや本当書いてないね普通こういうのね 書いているんですけれどもえっ とまなんかこの辺に出てると思いますで これこれもねもうそもそもあれだったん ですよあのこのこれを制作した団体さんが えっとその時今え今年後80年でしょだ からその時戦後70年とかえなんかそんな あのあってその年にその団体さんが やっぱりえ戦争についてのそういう風な あのシンポジウムっていうか考える年に しようということででえその時にその担当 者が相談を受けた時にあの沖縄線沖縄行っ て沖縄線をもう経験された方々もどんどん 高齢になっていくけどそういう方々からお 話を聞いてで本にし本にしてそれを配る ことで皆さんに読んでもらってで沖縄線を もう1度あの振り返るえ戦争のやっぱり 愚かさ悲惨さをえ知ってもらうっていう風 な活動をしようとしたんですでその話聞い ててであの僕がまたもう余計なこと言う 人間なんででいやあのそんなねあの本でね あの読んでもねそんなの伝わらないよ戦争 なんてっていうやっぱねあのなんて言うか なえっとその聞いている時その本人ね本人 がで僕は実は劇映画の監督ですけどねえ ドキュメンタリー映画は撮ってないんだ けれどもえっと元々うんライターしていて そのえインタビューをしてそれをえ雑誌で 紹介するとかっていう仕事もしていたしで メイキングって言って映画を制作する家庭 を制作するドキュメンタリー映画も撮って たのであの割にそういうドキュメン タリーっていうことをいう仕事もしてたん ですよだからその時にこう戦争体験者が話 を聞いてって言うんだけれどももちろん 体験者が聞くってことはねその学者からね あの戦争はどうだったかって聞いてもね もう本当学術的なことしか言えないし言わ ないからでご本人から聞くってアイデアは いいでもそこでそれを活してしまうと やっぱりなんていうかなその伝わらないん ですよあのだから100%だったのが50 になり40になり30になっていくんです よやっぱその人の喋り方とか声とか表情と かっていうことがやっぱりあの思いを 伝えるんです経験者の伝えるんですお話が うまいかどうかではなくってあのやっぱり ね話の上手な人がその聞いた話をするより も経験した人で話な人が話すことの方が 伝わるんですよだからそれにして字にして しまうんじゃなくってあの映像にして撮っ てでそれをこうビデオにしてその関係者に 配ってそのえ勉強会なりえをした方がいい ですよって言ったらああなるほどねだっ たら監督それ取ってくれますかたあやな こと言っちゃったなと思ってしたんだ けれどもまでもあの沖縄線っていうのは すごく昔から興味があってでただねって 言ったらもうやっぱり僕らの世代っていう のは沖縄の海へ行こうっていうあの森たの 歌とか毎年えあの可愛い女の子が出てきて あの沖縄えの旅とかって言ってあのジャル とか穴が宣伝してますよねだからそういう イメージのもあれはあれ違うあれビールの 宣伝が同じ盛りカだけどっていう風なあの ことぐらいそういう僕は知識しかなくてで だからなんか沖縄来たよねとかっていうね 友達に夏沖縄行ってきたっていう学生時代 が友達はいたけどねまなんかそういうね あの青い海とえなんかそういう広い空と みたいなのも本当そう健康的な興味なくて もうねあのえなんて言うかなそういう次元 性のないのはあんまね興味なかったんです よだけれども同時にそのあ太平洋戦争え それから沖縄線っていうのがどれだけ ひどいものであったかっていう風な詳しく 知らなくてもある沖縄線は本当ひどかっ たって話はよく聞くのであのそこら辺を 知りたいなってのあったんですようん時 がっていうのがあったんでで引き受けてで も全く知らない状況で色々本読んだんです よもうこの後ろとかこの向こうの本棚にも 沖縄線関係の方が山田今あるんですよもう あの沖縄プチ図書館できるぐらいもう色々 あのま最終的にあの7年ぐらいこの沖縄線 シリーズやってるんで読んだんですけど 最初は全くわからずに読んでも全然日本語 な頭入れないですまだ脳死ぬ前ですよて どうしたらいいかなと思ったらあこれも何 も知らずに沖縄行こうでという風なえ戦争 体験者のお年寄りたちの話を持ゼロから 聞いていこうというねなんか本当は インタビューインタビューってかで僕が僕 がまカメラマン連れてって僕が インタビューをしてでそれをえたくさん いろんな体験あの者からお話を聞いてあと 専門家からも聞いてでそれを1本の映画し ましょうっていうそれがまさにこれなん ですけれども1年ぐらいかかってるんです よで5回ぐらい沖縄に行ったかなでえ沖縄 線って一言言うと難しいのはあの例えばえ 戦争物を描く時にたと一波え広島原爆に 関してはアメリカ軍の新型え爆弾原始爆弾 が落とされて多くのえ市民が犠牲になった 事件っていうのが広島原爆の広島のあの で起こったあの事実ですよねでそんな風に 例えばノルマンディ上陸作戦って言ったら え連合軍があのな何だっけえっとナチス ドイツを倒すためにえノルマンディにこう 大量のあの多くのこう軍人をえ上陸させて えっと あのなんていうかね勝利を得たっていう あの戦闘でしたとか言えるんですよねの例 がえ新ジ機州とかって言ってもところがね 沖縄線ってこう色々調べてもなかなか頭 入らない何かっていう時にいろんな事件が あるんですよ沖縄の中にでその何々の戦い 何々の攻防え何々事件とかっていうのが いっぱいあってそれ全部含めてだから 例えば原爆が落とされるってこと1つの 事件として映画にできるしそれからえ新珠 機種に関してもトラっていう映画がある ようにできるしで大体そういう風な いろんな戦闘っていうのは1本の映画に できる物語になってるんですけど沖縄んて 実は1本できないいろんな事件があるん ですよ ということが分かってきてでそこでね えっとまとりあえず行ってきてでいろんな インタビューを聞いてでそれをこう整理 する上で参考になったのがえこちらになり ますこれえ東方のね1972年の映画だっ たかな日本映画ですえ沖縄決戦っていう 意外に知らないです僕もね少し前も知ら なかったんですよだから例えばそれこそ トラとかねえ市場最大の作戦とか戦争映画 画で有名なたくさんありますよね ミッドウェイえっと日本映画で言うと何が あるかな日本映画で言うとえっと 東京湾炎上あそれ違うそれ違うえっと えっとねあすぐもう脳心るのねすぐ出てこ ないけれどもあのえ太平洋の嵐太平洋の翼 松葉神監拓を取った名作映画ですけれどと かいうのはあるけれどもこれ知らなかった んですよでもこれをね僕も大好きな監督の 人である誰だっけえ本当のシンデロの名前 が出てこないんだけれどもえっとうん あえっとね岡本気で僕はどうかとコメディ のえ印象が強かったんだけどすごい真面目 なで多分ね沖縄をまともに描いた映画日本 ってこれかだけかもしれないっていうねえ 作品でありますま近年ね沖縄線描いた超 低夜屋さんインチ系映画がありました けれどもまあの4割え4割ぐらい嘘800 っていうかも美してえ歴史をねじまげて これが沖縄線だって言ってる映画があって もう本当ひどくてで沖縄の友人に聞いてで これ沖縄でやっていいのかなぐらいなだっ てまだねあの高齢とはいえご存明の方とか その家族とかあ いるわけですよでそこにこう嘘を交えて 美化したえ沖縄線映画を上映してどうなの と思ってでその知り合いの沖縄もう何回も 言ってるんでねもう知り合いがたくさん 増えてきた時にあ僕は見ませんあの映画は 見ませんっていうね批判批判するとかあれ は最悪だとかって色々こう厳しい意見を 言われるかと思ったら見ませんて多くの方 ですよまでもそれぐらいでもとにかくこう 関わるえうん評論する批評のもなんかもう おましいぐらいなでもまそうだよ本当に その話はま以前にもしましたけれどもま 明らかな沖縄に対する思いがなくてでそれ をこう事実をねじまげてしまってえまこの 人たちが沖縄沖縄を救おうとしたんだぞ みたいなあの決してそれは事実ではないの になんか本当上から目線であの作られた あのうんともいいやもっていう映画があっ たりはしましたけれどもだからまともな って多分ねあの劇映画でですよ ドキュメンタリーたくさんありますから これがそのそういうまともな作品で少ない んですけどそん中のこれがやっぱベスト じゃないかなっていうえそうですだって 中西達えジーメンのボス何だっけえっと もう本当名前出てこないしおけこれ名前 祝者の名前書いてないしねえっと10月 おまけ10月1刻という見えないっていう か達ジメン のあれあの うんなんだっけあの007にも出ててえ ウのウェルカムトゥパン ミスターボドって言ってる人あのもう写真 見たはいこの人ねこの人とか出ていってね いい役者さんがたくさん出ているあしまし この人も名前できないけどね僕の第1回 脚本脚音かデビュー作品に出てもらってる んですよまその後なくなったんでねあの もう恐れ多くて怖くてねあのいるだけで GMあのボスだったんでねちょお話声 かけるのもられてねお話怖くてできなかっ たんですけれどもえっと誰誰だったかな もうな何もあれえま後で思い出したいまっ ていう映画があったんですけどほとんど なかったんですよであのやっぱりねそう いうトラとかえ原発10日のえそういう 黒沢明監督で言うとえわべは見たり8月の ラプとかあれはあの長崎原爆の話です けれどもやっぱそういうのを見ることであ これが戦争だったんだあこれが原価だった んだとかっていうことをやっぱり多くの人 がね日本のあの教科書でいくらねこう文字 で勉強してもっていうのはあるし戦争のと ころってたどり着く前に事業があの大体 楽器が終わってますよねでさらに たどり着いたとしてもこれもね昔話した けどうんなんやかなあの教科書で沖縄線 って僕らの頃はほとんど触れてないんです よで近年の教科書え以前にあの東京さんの 多分1番大手のあの教科書あの ご紹介しましたけれどもそれだとも見開き で2ページえ沖縄線について書かれてたり するんですけれどもだからそういう風にし て沖縄をあのちゃんと伝えよっていう風な え教育え者たちも増えてはいるんだけど 同時にその後に1回これは合格できません でしたって言われた教科書がその翌年合格 したかなり問題のあるあのちょっとこう 思想的に問題ある教科書があったそれも 以前紹介しましたけれどもでそれで言うと えっと沖縄線はね沖縄県民はよく戦ったが え95年あのは6月6月あのえ沖縄沖縄 米軍によってあのあの選挙されてしまう みたいなこと書いてよく戦ったって何その 表現っていううんだからあの教科書です からね教科書でよく戦ったあまり真剣に 戦わなかったうんもう少し努力が必要でし たねとか評価する必要ないわけでしょその 戦うってことに関してでそもそもがもう これ見てくる活躍もみんなご存知だと思い ますが沖縄線っていうのはえ本土本土の 決戦あのと違ってえ民間人一般の人まで 戦争に借り出されていたんですよで そもそもが日本軍が何考えてたかって言っ た時に沖縄を守るためにとかっていう風な ことはなく要は沖縄で米軍を食い止めて その間に本土で本土決戦をする準備を しよう というステだったんですよそれがもうもう ちゃんとあのなんていうかな記録も残っ てるし沖縄に日本軍が行ったんじゃないん ですよでそこのこの32軍っていうこの この映画でも描かれているえ人たっていう のはもそこでとにかく長く時間かけて米軍 をこう引き止めろっていうのが目的で沖縄 県民を守れとか米軍を撃退しろじゃなかっ たんですであのもう本当に力的にもあの アメリカ軍を倒す力日本はもうこの段階で はないです元もなかったしっていう風な ことででそのために民間人も使ってあの それこそカや斧を持って戦わせようとした りっていうことはしてるんですよねで多く そのために多くのえ住民も犠牲になって るっていうだからもう本当にあの日本の あのなんて言うかな 一部沖縄県っていう風な意識がなくてあの 本土を守るためにえ犠牲になってもいいっ ていうものすごいそういうひどい考え方を してたのが当時の日本軍であり政府だった わけですであの天皇陛下を長野県のこう 山奥にえ持っていって連れてでそこの周り にこう日本のその軍の設備を全部集中させ てえそこを最後のネジにしてあの なんていうかな最終決戦をするって いうのが日本軍の考え方だっただけれども まそういうそれそこまで行かずに結局え 日本は降参することになるんですけれども そのための時間稼ぎに停進されたのが沖縄 県民沖縄だったんですよねそれが沖縄線の 実用でっていうことが僕もいろんなも本当 に沖縄何度も通いその当時の人たち研究者 のえ証言を聞いてそれが分かってきたん ですよねだからねでそんなの僕らの時代 教科書で全く学ばないしでさっき言った ようにはだいぶその辺も書かれるように なったんですけれどもでもねやっぱりあの 昭和まで行かずに歴史の授業って日本市 って終わるんですよねでさらに言うとそう いう風な沖縄県民はあのよく戦ったとかっ ていうねあの 何考えてんのっていう風など目視線がどこ にあるのってことを教科書でえ描いてる ような教科書が出てきたりとかするだから 本当ひどい話ででそれ映画作ってこれが もう代表評判になって結局あの その団体さんのそういうなんていうか関係 者だけで見るはずの映画だったのがえま 沖縄でお世話になったから沖縄でちょっと ま会場借りてえ条約会しましょうっていう のやったらも代表評判でで結果的に映画館 全国の映画館え全国30巻30巻の映画館 がうちでもやりたいって手をあげて触れて で全国大ヒットしたんですよで翌年も翌年 もね4年間夏なるとそういう終戦記念が 使うとどこかでやってくれるっていう形で でさらにこのDVDかっていうのも最初話 がなかったんだけどえDVDも出てで さらに今えっとねAmazonプライムで 配信してくれてます流量配信400円か 500円って見れるんでま今津やなくなっ てしまったのと津田ヤってこういう戦争も のねドキュメンタリーが置いてなかったん ですよ多くのお店だからそれがあるんでね Amazonプライムでこれ感じになる こと是非見てみてくださいもう本当にま1 つ言うとえっとねNHKでは絶対に描か ない話がたくさん入ってますであのNHK に関わらずもう今のテレビそうなんです けどあの戦後あのなんかえっと戦後の特集 とかってやっぱ終戦記念ネミナってやり ますよねやるけどもう本当ま分かりやすく と去年の確か去年か今年かなのNHKのえ 終選記念特集やった時に沖縄の話出てきた 時にえ結局そこでその証言当時を知ってる 人たちが証言してるんだけどでそれで僕の 映画にも出てくれる人もNHKに インタビューされて出てるんだけれども もう1時間ぐらい話聞いてそのうち本当数 分しか使ってもらえなくてでその中でその ご本人から聞いたんだけれどもえアメリカ 軍がひどいことをし でまそれはま想像つきますよねでそ意者 カットなんですよだからアメリカがひどい ことをしたんじゃない戦争だったんだ戦争 はひどかったんだっていう風なことで アメリカがひどいことをしたんじゃって いう印象を残さないようにそういう インタビュー全部カットしたんですで さらに日本軍もひどいことしてるんですよ ああこな間だ最近それで言えばどっかのえ 議員さんえ1234なんとかっていうとこ だったかなでそこの議員さんがえ日本軍は ね何も悪いことしてませんよ守りに行った んですよとか言ってたけどとんでもなくて 住民から食料を奪ったり暴力行為をしたり もうほその インタビュー答えてくれた人たちに聞い たら米軍よりも日本軍の方が怖かったって いうもう食料奪われたりこうえ暴力行為を 受けたりあの殺害された人もいるしって いうそう日本国ですよ有軍ですからね っていうこともあったっていうでもそう いうことも一切NHKはそういうことを 例えばそのねあの体験者戦争体験者が話し ても全部カット だからねもう本当にえ結局えこれ戦争だっ たんでしょでアメリカ軍も日本軍も悪い ことしてないのうんなんでなんでこの人 その大変な思いしたのえ戦争でしたからね ていうねいやいやいやうんもうちょっと 具体的に言ってよみたいなそういう戦争え 特板っていうのがもうここもしばらくの間 のえっとNHKを始めとするまNHK ぐらいしかやんないかもしれないですけど ねいうあのテレビだからテレビじゃやっぱ もうできないんですよ色々やっぱり アメリカからクレム来るかもしれないしえ あのね日本でそのえ兵さんにしてもねえ うちのじいちゃんはな日本守るのにために 戦ったんだっていうあのよくそういう肯定 する人いますけど日本を守るためにって そもそも侵略戦争だったわけですからね どこの国もで日本も侵略戦争とは言わない ま事実侵略戦争ではアジアを侵略していっ たわけだけれどもでもそうじゃなくって えっとあの米地区からあのアジアをアジア の解放を目的として日本軍は進出したん だっていう風な当時からそういう設定で やってたわけですよねでもま要は侵略戦争 だったわけですよねだから韓国なんかでえ 日韓だったかなもちろんの神殿のあれだ けどもでこう韓国の人たちみんな日本語を 教えてだから僕のアメリカ時代の同級生 韓国から来た友達のお家に遊びに行った時 にあの韓国んですよでもうやっぱね お父さんもお母さんも日本語喋れるんです よめちゃめちゃうまいんですよだから いかにそういう風なえ なんていうかなあの韓国で日本がもま統治 してたわけですよねでもちろんいいことも したとかっていうけれども要はそうやって あのまある意味植民地にしていたしようと していたわけですよねっていうま戦争時代 なんでどこの日も同じようなことしてたん だけれども日本がやってたことも結局一緒 だって日本は日本を守るために戦ったんだ みたいなそ嘘ではないけれどもそうでない 面も多いっていうだからそのために死んで いったって言ってやっぱりね家族なくした 人たっていうのをうちのじ日本守りに戦っ たんだって言うと美しいけれどもあの東南 東南アジアっていうかあのえ大陸行ってね その地元の若い女性をなんかレープして たりしてたかもしれないし食料を奪ったり してたかもしれないしっていうまそういう 人はたくさんいるわけでおまけにたくさん の人殺してるわけですよねでそういうこと をえ美カするために日本を守るための戦い だったみたいな言い方しますけれども いやいやそういうことだけではなかった はずでしょうっていうみたいながあるから そういう人たちもあの日本軍の悪いことし た今僕が言ったような現実を教科書とかえ このなんだあのテリこれテレビじゃない けどそういう報道でNH権から流すといや そんなことねえだろ日本のために戦ったん じいちゃんわとかっていうクレム来るんで だんだん言えなくなってくるでアメリカ からもねなんかアメリカがひどいことし たって言ったクレームが来るだから何だっ たかなあのえっとね原爆の映画も10数年 もう20年ぐらい前か今翔平監督が作った あの黒い雨っていうこれ僕アメリカで見た んですけどでその時にロサンゼルス タイムスに批判されたのはその中でねえ これが原爆のために多くの人が死んでいる のに原白でなくって天辺地位で被害が出た かのような描き方をしている違うだろ アメリカ人で言われてるんですよ違う だろうこれは原爆によって放射能によって 多くの人たちがあの傷つき怪我をして犠牲 になったんだろうでそれをなんか天辺地域 かそれゴジラが現れてえまゴジラ自体がね やっぱそういう風な戦争や原爆っていうの 象徴ではあったんですけれどもかのように その辺ほとんど触れないんですよねなんか 大変なことがあって多くの人が死んでった みたいなああ悲しいっていうのがあの映画 の感じでねだからそれもやっぱり配慮して たんだけどその配慮した先のアメリカで 上映した時にそれを批判されて るってところがなんだかもうねひどい話だ なと思うんですけれどもそんな中でだから だんだん本当のこと言わなくなってきてる んですよでその中でえそうそうもう1本僕 はそのえ沖縄沖縄ドキュメンタル沖縄さん が評判だったのでもう1本来た仕事がこの 乙女たちの沖縄線っていうえっとこちらは えあの白雨学とあのね二十歳前後のあのえ 女子高生たちがあのまえっとそう看護部隊 としてえ兵隊屋さんを支にえ送り込まれて で多くの人たちが犠牲になった姫有の塔 っていう映はもう何度も描かされて皆さん にご存知ですよねでも姫よりだけじゃなく ていろんな舞台があ随線とかえっと白と かっていうのがあったんですよそれがね あんまり紹介されてないのででその方が まだねえお話ができる方が2人まだ僕が この取材した時いらっしゃってその2人を 中心に当時の話をこう2時間もうばっちり え じっくり話をしてもらったでさっきのは いろんな事件をいろんな人たちに語って もらってるんですよねでこちらもその白め のあのえっとお話だけで最後こう30分が それを劇映画に再現ドラマにしたものが 入ってますっていうのも作ってだからね なんかねそれでこ沖縄さんやったことで別 の会社からそういう話が来て是非田さん あのそういうのやってくださいって言って そうするとまた別の会社から依頼あって 作ったのがこれです沖縄競争局これ何 かって言ったらこの戦前先中のことって いうのをこうあの 伝えてられてないことも多い最近は 伝えようとしないことも多いのでその辺を 切り込んでやってみたんですけども1番 伝えられてないのは実は戦後なんですよね で今基地問題がどうなってるかっていうの はもうあの一応ねその言ってますよこう 飛行機あのそう戦闘機がえ墜落して同行と かオスプレ同行とかってのはたまに1年何 回かぐらい認知権でもありますけどそんな もんじゃないんですよだからここれらの 撮影というと何僕沖縄来ましたけれども もう毎日にこうえリパリパリパリパリ はーんっていうのが飛んでもう沖縄の人 たち大変なんですよで道走っても両方きち みたいな でその中でこの米軍がレブ事件を起こし たりえっとあのTボス 事件でこの土地をこう汚染してしまったり とかいうことがあるんだけどあんまりね 本土には伝えてこないし日本のマ神 あんまり伝えないんですよでもしでそう いうことをなぜ映画やテレビかなしない かって言ったらあれと一緒あの原爆原発 原発と一緒原発その辺にあかえ僕が作った あの浅井の辺たりへって原発と同じように 原発は原発は映画にして原発事故を映画に していけない原発を批判するような映画 作ったら2度と映画館とかできないって いうのがもう長年日本映画館で言われてく ことなんですよそれやっちゃったんですよ ねの原発事故の後にね山本太郎さんが出て くれて下映画作ってでもう1本ね実はその 原発と違うもう1本絶対映画にしちゃいけ ないんでだと映画が取れなくなるって言わ れていたのが基地問題なんですまそれも やっちゃったんですよでそれがこれ でもうねもうキャッチフレーズがね毎回 だったんでもうこれで殺されても仕方が ねえやとか思ってえしていたらあの あのまあまあねあの別にそういう資格は やってこ逆に僕なんか暗殺したりなんかし たりしたらね余計それで話題になって しまって映画がヒットして多くの人が見に 来てしまうので多分そういう計画だったと 思うんだけどマスコミ完全無視これは完全 に無視普通ねテレビで紹介してくれたり 新聞で紹介してくれたりとかえラジオとか 知ってくれるさネットあったんですけどね 大手マスコミ完全無視この映画はなかった ことのようにされてあとネト用からの攻撃 も一切なしだからやっぱネットって司令 受けてある人たちにある権力や金がある人 たちに都合の悪いの叩いて回るっていう まあなんかねあの昔のヤザみたいなあの 法ではこうさけないっていうかえ成功法で やるとバレちゃう時にあの別道部隊であの 圧力かけるようなあま問題なんですよです あのでもそういう人たちも同員にすること で逆にまた話題になっちゃったりするいけ ないんで一切なしえネト予算も攻撃してこ なかった新聞テレビも一切扱ってくれ なかったという映画なんですよでもだから ないことにされてしまうわけなんですだ からそのぐらいに沖縄基地問題っていうの はだからあれだったこ最初のねこう沖縄 ドキュメンタル沖縄戦に関してはま結構 やばい話とかもさっき言ったように描いて いるんですけれどもすごかったですよもう 50社ぐらいのテレビ新聞ラジオネット 受けてま1日ね大阪なんかでえ1日10社 1時間ずつ10時間ずっとインタビュー2 日間連続みたいなで東京はもっと インタビュー受けますからいうぐらいに 注目されてで大阪のキー局でもえ夜6時の ニュースで20分の特集 僕もインタビューしてもらって出ました からねだからそのぐらいに多くの人多くの マスコミが関心持ってあのあの ドキュメンタル沖縄線ま多くの日本人が 見るべきですって言ってくれたのにこっち は完全無視なかった可能性をされてしまっ ただから過去でもまやばいことはこれ起き な線んって色々あるんですけれども今の方 がもっとやばいんですよ実は ですがあのもう知らないことをもう誰も 知らない誰も知らない知られちゃいけない 状態だったのがえ例えばまこの映画の中で もその国会質問の映像使わせてもらったの が山本太郎さんさん僕の映画ね出てくれた ことがあるえ山本太郎さんなんかが ツイートであの見るべき大切な映画だ みたいなことを書いて発信してくれてあと そういう心あるね芸能人 の人たちえラサール石さんとかえっとあと あのまこれも令和であの活躍してる レッドウルフさんとかえあ大さん大さんも そうだったしあいさんもそうだし皆さん 自分の番組とかえTwitterとかで あのこう映画のことを紹介してくれたん ですよだからそれでだからあの人達って金 もらってとかなんか圧力でとかって絶対 動く人じゃないんでででやっぱお客さんお 客さん一般これ絶対本物だしこれ見な きゃっていうことでこれまた全国で大 ヒットしたんですよ でえでしたあのそれがこれは基地問題描い たでねこれとこのさっきのこの3枚これ3 枚とも今見れますえっとさっき言ったよう にえAmazonプライムさんがこれ全部 今配信してくれてるんですよ400円確か でもうあのあれAmazonプライム別に 特に契約とかしなくても確かねすぐに 見れるので是非見ていただきたいていうね あの見てもらったらせマジですかいや知ら んかったわこんなこと起きてんのみたいな あのその過去の沖縄線にしてもあ違うわ 沖縄線にしても基地問題にしてもえっと 多くの人が知らないテレビや新聞が絶対 伝えられないことを映画ってねそういう力 があるんですよあのま監督がねもう ちょっともうあの暗殺されても仕方ねえ ぐらいな形でえやばいこと描けば映画館 っていうのは思いある人がたくさんいて それ大手じゃないですよ独立系の映画館 っていうのがいやこれうちでやりやして くださいうちで是非やりましょうとかって 言ってやってくれ感が日本にあるんでで 多くの人が見ることができるでだから圧力 もかけづらいんですよで僕なんか例えば テレビとか出てたらお監督ねちょっと来週 からあのレギュラー降りてもらいますわ ちょっとねあの映画やばいんですよねうち もちょっと色々あってねスポンサーを売り ても困るんでとかって言って圧力かかって いや分かりましたとか言ってもうそんな 映画取りませんとかっていう風にしていく んですよだからね僕の場合はその僕は テレビ出てないし大手で仕事してないしだ 仕事してたらねいや次からもう仕事回せ ないんですよねとかいや分かりましたとか なるんだけど大手で仕事してないだから あの僕朝日の当たりの時も圧力かかん なかったよな意外にそんなこと言ってね 原発映画取っちゃいけないっていうのが 映画会のも常識だったんだけどうん全然 問題なかったなと思ってたらあるんですよ マスコミ関係かける人がいや違います違い ます監督太田監督圧力がかける手段が なかったんですよって言ってあなた大手と 仕事してないからとかって言われて確かに なかもしれねえなとか思ってでなんかいつ しかね危ない危ないでかじゃない危ない 監督危ないものばっかりやってるように なってしまってでえっとね沖縄線もそう いうでもね危ないって何かっていう時に 大切なことでそこに帰得権疫がいて誰かが 誰かを踏みつけて金儲きをしてい るっていう構がある時なんですよあるいは 後でばらされたくないようなひどいことを していたっていう風なま日本軍がそうです よねでえま企業だってそうですよねそう いう実はえすごい公害を垂れ流して金儲け してたっていうま特に昭和の頃はそういう のたくさんありましたよねだからま股の 事件とか大体病もそうだし原発もそうです よねえあの未来のえ日本の未来の エネルギーとか言いながら危険な上に必要 ないしもうあの火力発電だけで全然実は 十分やっていけるっていうねことがバレて しまったみたいなだからね うんうんうんうんだそんなことをこう考え たりこんな作品を作るようになった きっかけが実はこの明日慰例の日の沖縄え 終選記念日 からスタートしたことなんですよねだから 本当出題でこのここ本当ね34 回霊の日に沖縄行きましたからねもうね うん本当にでそれをあの何沖縄で体験して 撮影してしても東京帰ってあのタイマーで 撮ってたそのNHKやなんか報道ほ報道 ステーションとか見てももう本当ちょっと 言ってあのあの安倍総理がえ慰例の日にえ スピーチをしましたとか言ってやっぱ平和 ないわゆるですねあの戦争がとかって言っ てるだけでずっと沖縄と爆弾がババーンと 燃えてるが沖縄線からえ70年がえになり ますとかわけでどんなことがあったかと かっていう細かいこと本当言わないんです よね だから本当になんつうかなうんあのもう マスコミはそういうことも伝えない忘れて 欲しいってことなんででまたそれで忘れて もらわなきゃ困るような人たちもやっぱ たくさんいるんですよ企業とか政治家とか だからこそこの種の映画でそれもメジャー 映画テレビは絶対できない作品なんで作る ことでこうそういうことも伝えていくま なんかそういうちょっと小さな仕事をここ ねさせてもらったんでねこの慰例が慰例の 日が来るたびにそのことを思い出しますね でもちろんこれが終わりじゃなくてまた チャンスがあったらねそういうあのまた 違った切り口であの戦争野球内については やっぱり伝えていきたいと思うんです けれどもうんなかなかねあのまいろんな 意味でそういうことやって欲しくない人 たちもたくさんいるしえそういうのにこう 出資しあの制作いたしましょうっていう ところもなかなかないのでねま大変なん ですけれどもま今日はせめてあだから せめて皆さんにこうねそのがAmazon プライムでこの3本の映画どれか1本でも いいから見ていただきたいなと思ってます またこんな話もしていきますね

○「沖縄狂想曲」予告編

○沖縄ー舞台挨拶「沖縄狂想曲」動画=太田隆督が登壇!2024年

ブログ🔴太田隆文監督「沖縄狂想曲」製作日記
https://okinawa-kyosokyoku.seesaa.net

動画🔴「沖縄狂想曲」Amazonプライムで有料配信中

動画🔴「乙女たちの沖縄戦」Amazonプライムで有料配信中

動画🔴「ドキュメンタリー沖縄戦」Amazonプライムで有料配信中

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公式HP=> https://okinawakyosokyoku.com

予告編 https://youtu.be/szZRg9Ylqvc?si=H3hBF8C9IAY57qf7

公式Twitter  https://twitter.com/okinawakskk

シネファクトリー記事=>  https://www.cinema-factory.jp/2023/11/20/37726/..

(太田隆文監督ープロフィール)

映画監督。1961年、和歌山県生まれ。大阪の高校を卒業後。東京で助監督を経験。その後、1985年からアメリカ留学。1987年、南カルフォルニア大学・映画科に合格。

1990年帰国。アルバイトをしながら、シナリオを書く日々。1995年、「アルティメット・クライシス」で脚本家デビュー。その後、数本のVシネマのシナリオを担当。2005年に「ストロベリーフォールズ」で映画監督デビュー。

青春映画「青い青い空」「向日葵の丘−1983年・夏」「明日にかける橋ー1989年の想い出」を脚本、監督。2013年に山本太郎が出演した映画「朝日のあたる家」を制作、監督。

低予算映画なのに毎回、有名俳優が出演。常盤貴子、藤田朋子、田中美里、津川雅彦、長門裕之、宝田明。太田作品後にブレイクしたのは、芳根京子、谷村美月。

その後。社会派ドキュメンタリーを監督。
「ドキュメンタリー沖縄戦」「乙女たちの沖縄戦」「沖縄狂想曲」を監督。2013年に脳梗塞でダウン。1年に渡る闘病生活。両目ともに半分を失明。脳の1部が死に。心臓機能が20%まで下がる。現在は静養中。

ブログ
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