2025年5月4日 朝の礼拝式
が参りましたのでの2025年5月4 日朝の礼拝式を前走って取り行います。 礼拝への 招き主に向かって喜び歌おう。救いの岩に 向かって喜びの叫びをあげよう。見舞に 進み感謝を捧げ、額の根に合わせて喜びの 叫びをあげよう。主は大いなる神。全ての 神を超えて大いなる王。深い地の底もの うちにあり、山々のいきも主のもの。海も 主のもの。それを作られたのは主。陸も また手によって形作られた。私たちを作ら れた方主の見舞に膝こう共にひれし不思い 拝も主は私たちの神私たちは主の民主に 養われる群れ見手のうちにある羊今日こそ 主の声に聞き従わなければならない山英の 546番を持って栄光の人の神を賛備 いたしましょうご記立できる方はご記立 ください。 ください 。しる神は栄光に輝くおかたどんなに 小さな罪も意味嫌われ怒りを下がります。 しかし同時にあれに豊かなお方でもあり私 はその罪を素直に認め告白し許しを求める 時許してくださいます。まず礼拝のしおり に従って先週集の罪を教会共同体全体で 告白し許しを祈み求めましょう。愛する 兄弟姉妹主イエスキリストの戒しめを聞き なさい。心を尽くし、精神を尽くし、思い を尽くしてあなたの神である主を愛し なさい。これが最も重要な第1の筆手で ある。第2もこれと同じように重要である 隣人を自分のように愛しなさい。立法全体 と予言者はこの2つの置きに基づいている 。また次の約束の御言葉を聞きなさい。 自分に罪がないというなら自らを欺ており は私たちのうちにありません。自分の罪を 大やきに言い表すなら神は真実で正しい方 ですから罪を許しあらゆる不義から私たち を清めてくださいます。ですから今人の心 を探りられる神の見舞に罪を告白し ましょう。 ご一緒に物作り主全ての人のさき主であられる神よ。 私たちはあなたの聖なる戒しめに従わず失われた羊のように見舞ら迷いで 思いと言葉と行いにおいて罪を犯かし あなたの身怒りを招いたことを深く悲しんでおります。 哀れみに飛んでおられる父を犯した罪を憎み悲しむ私たちにみを注いでください。 主 イエスキリストにおいて私たちを許し見た目によって生まれ変わらせ皆の境のために生けるものとならせてください。 主 イエスキリストの皆によってお祈りいたします。 あーメン。あメん。 それではしばらく人の神の見舞に静まって 具体的にお貸した罪があればそれを心の中 で告白し許しを祈り求めましょう。 十字架と復活の集キリストによる罪の許し の宣言あなた方は各々真心から自分の罪を 食いキリストにおいて提供された神の歩み を許しに寄りすがろうとしています。この ように心から食い改めてイエスキリストに 寄りすがる人には父とこと精霊の皆によっ て罪の許しを宣言します。 ご一緒にあメん。メん。 主キリストによる罪の許しの恵みをいただいて感謝の思いから教会の 3 つの重要な文章門都信常10 回主の井祈って言わしてまいりましょう。今後は子供の教会版です。首都新庄私はこの世界をお作りになった主何でもできるお父さん神様を信じます。 私はお父さんのった1 人の子、私たちの救い主イエスキリストを信じます。 イエス様は精霊によって宿り、乙女マリアから生まれ、本テオラトの元で苦しみを受け、十字架につけられて死に、お墓に入れられ、読みに下り、 3 日目に死んだ人の中から復活し、天に登って何でもできるお父さん、神様の右の席に座っておられます。 そして永遠の命をいただくものと滅びる ものをさくためにまた来られます。私は 精霊を信じます。聖なる1つの教会、 信じる人の交わり、罪の許し、体の復活、 永遠の命を信じます。あーメン。1回私は 主の神エジプトで奴隷になっていたあなた を自由にした神である。あなたは私の他に 神があってはならない。あなたは神の姿を 形にしようとしてはならない。あなたの 神主の名をふざけて口にしてはならない。 日を大切にし、神のために使いなさい。 あなたの父母を敬なさい。 殺そうとしてはならない。してはならない。盗んではならない。人について嘘を言ってはならない。人の持ち物を欲しがってはならない。主の祈り。天にいらっしゃる私たちのお父さん。 あなたのお名前が褒めえられますように、 あなたの見国が来ますようにあなたの考え が天で行われる通りこの地上でも行われ ますように私たちに毎日必要なものを今日 も与えてください。私たちの罪をお許し くださって私たちも人を許すことができる ようにしてください。 私たちを悪い誘いに合わせ悪いものから救ってください。国と力と栄光はつまでもずっとあなたのものです。 あーメん。 それで今朝のキムの歌は34番から35 番それぞれ1回ずつ歌います。 どうして救いを手に入れる自分の力 を 整いたの力が役に立つたが私に働いて罪を認めて食いらさじ イエス様信じる信仰 で 私とイエス様 が 結びつけ られ十字架の 救い いただけるそれでは見守ってすを賛備 いたしましょう。今月から指変化の第21 編です。最初ですので1番のみ2 回繰り返して賛備をいたします。ご立できる方はご立ください。 主の 力に より 救い を 喜びう 心の 願い を主は した も主の 力に よりは 救い を 喜み 祝う 心の願い えて祝福したもの をどうぞお座りください。お祈りをいたし ましょう 。聖のルカナ聖のかナ聖なるかな。万言の 主巫なる密にして1つなる神 をあなたは祝福に満ちた唯一の主権者王の 王の主唯一の不の存在近寄りが光る中に 住まれる方誰1人見たことがなく見ること のできない方ほまれととしの主験はあなた のものです 。天皇の父よ、あなたの愛と恵と哀れみに 満ち溢れるご主配の店の中 で市の2025年も5月となりましてその 最初の日安足日美を迎えることが許され ました 。自然界の命が約動し、花が先誇り、心力 が目に眩しい季節取り分け復活説を迎えて おります。 天皇座にいます復活のシエスよ。あなたは この安足日も招きの御言葉によって私ども をこの地域の様々なところからこの四日 街道にお集めくださいました 。今私どもはあなたの十字架の死による罪 の許しの恵みの中 で誠なる聖なる天の恩地の身に立つことが 許され天の恩地の身顔を平安のうちに青木 見て礼拝することが許されております 。今天井にあってもあなたへと喜びの礼拝 が下げられております 。数えきれない天使の大軍、そしてすでに 天に召された数えきれない信仰の先輩と 共もにこの地上の街道にあってハレルヤと あなたを礼拝できますこと心から感謝を いたします 。しかし地上の私どもは天井の先輩がとは 違いまして罪に未だ汚れており先週も罪と 戦いで魂疲れ果て傷つき弱って今ここに 戻ってまいりました 。あなたはそのような私どもにおっしゃい ます 。疲れたもの主に追うものは誰でも私の元 に来なさい。休ませてあげよう。私は乳和 で謙遜なものだから私の区い私に学び なさい。そうすればあなたが安らぎを得 られる。私の区は追いやすく私のは軽い からである 。アーメンしよ。 私のうちにます霊にあってあなたを通してあらゆる祝福の源である天の音知と豊かに交わることが許され私もの魂癒され慰められ励まされ元気づけられますこと心より感謝いたします。 見たしよ、特にこの後の聖書の御言葉の朗読教を手段として、 また本日は生産の霊点を手段として巫女して本主とのよかなお与えください。 そして巫女にあって積み移され永遠に 生かされていることの喜びで満たして くださって勇気と部屋をにお与えくださり この世界へと新たに派遣してくださいます よう にまた本日はこの後幼子に洗礼を授けます 。 その教行事洗礼式を豊かに祝福してくださってお子があなたの子として魔に導かれ成長してまたしい時に進仰の恵みに預かることができるようにしてください。 主要時を同じくして取り行われている街道の礼拝式も豊かに祝福してください。 本日交代に派遣されている中先生による 御言葉の説教また生産の霊点を通して不安 な街道に集うお1人1人にもあなたの 交わりが豊かでありますよう に電動のよ時が悪くてもあなたが派遣して くださったこの地域での電動に知恵と力を 尽くしていくことができるようにして ください 。この礼拝式を中心として私の伝動活動が 用いられて備えの民があなたへと導かれ あなたを我が主が神と真に告白し洗礼に 預かることができるようにしてください。 そしてこのところにまたクアのうちに あなたの教会がしっかりとあなたによって 作り上げられていくことができるようにし てください 。平和の君を今朝の地上の平和のためなし の祈りを捧げます。今週もこの世界に主や キリスト中心の平和豊かにお与えください 。願くは政治の務めを託された方々特に 各国のリーダーたちを確別に帰り見て ください 。ウクライナの地や中東パレスでの尊い命 の奪合いに一刻収支婦が打たれていくこと ができますよう にまた今武器の力ではなしに外交活動に よって平和の実現に懸命に取り組んでおら れる関係者1人を助け導いてください 。巨大地震をめとして様々な自然災害原発 事故などの人災によってこの地上の多く の人たちが被災しておられます。主豊かに あんでください 。北朝鮮によって拉された方々がそれぞれ のご家庭に一刻早く立ち帰えることができ ますように主の道筋を整えてください 。感測日の使用での礼拝式に集われるお 1人今インターネットで在宅礼拝式を守っ ておられるお1人1さらにはこの教会に 関係するお1人1人子供の教会の子供たち はそれぞれのご家庭に今週も新たの祝福を 豊かに急いでくださいますよう に本日礼拝式に出席できない方を特に咲い てください。心に体に弱を覚えておる方々 を伝えてください。 施設にある方や入院療用中の方、自宅療用 中の方を特にお守りください 。この新年度社会人としてまた学生として 新しい環境の中で過ごしているお1人に 様々な緊張に敷いられて疲れが出ているか もしれませんけれどもどうぞあなたが共に いて守り導いてください 。新しい年度が始まって1ヶ月の牧場予の 意味を高に祝福してくださいますように 。また本日や日勤務にある方もあなたが共 にいて帰りをお与えください 。この礼拝式を最後まであなたの恵深いに おいたします。主の皆により感謝して祈り ます。あーメン。 ではここで幼児宣伝式を取り行います。 え。 どうお座りください。 では今朝のる神イエスキリストからの語りかけに耳を傾けます。今朝は新約聖書コリントの真と手紙に第 3章1節から3 節です。新約聖書327 ページの新と手紙に第3章の1節から3 節を朗読いたします。 日本政協会新共薬書で朗読をいたします 。私たちはまたや自分を推薦し始めている のでしょうか?それともある人々のように あなた方への推薦所あるいはあなたがの 推薦が私たちに必要なのでしょうか? 私たちの推薦はあなたが自身です。それは 私たちの心に書かれており、全ての人々 から知られ呼ばれています。あなた方は キリストが私たちを用いておかきになった 手紙として大きにされています。罪では なく生ける神の霊によって石の板ではなく 人の心の板に描きつけられた手紙です。 以上でございます。 はい、皆さん、ハレルヤ。 ハレルヤ。 私たちの主エスキリストは全世界の誠の王様であります。十字架の力を復活なさって、罪の力、死の力、また闇の帝をサタンの頭を打ち砕いて、そして勝利の王様として天の大座に登ってくださいました。 ですから皆さんすむコルダ スルスむコルダ 今こそ心を高くその天井の座にます勝利の王様私たちの主キリストへとあげましょう。またその主エス様は精霊にあって今その天皇座からこの礼拝式に起こしで私たちに寄り添っ てくださいます。 命のパン、御言葉をいただいて、また本日は生産のパンと逆月づきをいただくことで私たちの知である神と主エスキリストからの恵みと平和とが皆さんにいよいよ豊かでありますよう。改めておはようございます。 おはようございます。ございます。 また本日幼事仙に預かったご両親またお子さんにえおめでとうございます。 本日はこんな話題 から、え、推薦というのはこれは、え、 新明会国語時点に載っていた意味であり ますけれども、 え、求めに応じて、え、その条件を満たし ていて、え、的任適当だと判断される人や ものを進めること、そういう風に時点には 思っています 。で、自己推薦というのがありますけれど も、ま、自分で自分を進めることですね 。で、入学試験とか入所試験の面接、これ は自己推薦の時であると言ってもいいと 思います 。戦前のとある女子市販での面接の場面で ございます。え、面接官、受験生との こんなやり取りがございました。 死亡同機 は運動によって子供らの健全な育成を図り 、学業の楽しさを教えたいと思う 。あなたの長所 は私の唯一の鳥は足が早いことです 。足が早い。ではなぜ今朝は遅刻しそうに ちょっと寄り道 を 寄り道遊び半分で試験を受けに来たんです か ?家族は賛成してる ?私の父はに亡くなったので母はパンを 売り妹は郵便局に務め祖父は腰が痛いのに 石材店の仕事をしております 。家族みんなに苦労をかけて1人だけ進学 させてもらう資格がこんな私にあるがか ないがか 正直ここは悩みを相談するとこではあり ません 。申し訳ありません 。まあこの受験生はこの面接のためにも 一生懸命準備したことでしょうね。ま、 しかしこんなやり取りになってしまいまし て、本人不合格とこう諦めましたけれども 奇跡が起こって合格だったわけでござい ます 。で、自己推薦本当に難しいと思います 。自分の思いを正直に伝えたと思ったら それを悩み事相談と相手に受け取られて しまったり 、あるいは自慢話をしているように 受け取られてしまったりとなかなか難しい 。主とパウロもかつて自己推薦をしまして 自慢しと受け取られてしまい本当に悲しい 思いをしたことがあるのでありましょう 。この手紙を読んでいるコリント教会員 もそれまたパウロの自慢が始まったと思う かもしれないとそう思いまして、え、今回 の箇所で次のように書いています 。私たちはまたもや自分を推薦し始めて いるのでしょうか?それともある人々の ようにあなた方への推薦あるいはあなた方 からの推薦が私たちに必要なのでしょうか ?人たちが働きました初代教会の時代で ありますけれども 、ま、このパウロたちのよう に諸教会を巡回して説教する巡伝動者と いう人たちも大きな役割を果たしており ました 。え、同時にですね、偽動車が多数現れた のです 。で、巡回伝動車のふりをして諸教会を 訪問し荒らしまくっていたんですね 。聖書にない教えで、非聖書的な教えで 教会員たちを惑わしていたのでございます 。 で、それへの対策といたしまして、諸教会は名のある教会からの推薦状、これを求めました。で、巡回電動車は例えばアンティオキア協会から水洗場をもらってで諸教会を巡回したわけでございます。 で、そういう風に推薦 上回しているそういう伝動者のことがここ に言われているある人々のことであり ましょう 。で、彼らには推薦上が発行されていた わけですね 。で、パウロ は、ま、自分たちにも例えば アンティオキア教会発行の推薦場が必要な のだろうか 。 あるいはこのリトるケドニア州、ローマ 帝国のケドニア州でありますが、そのケドニア州を巡回する時はリント教会発行の推薦上が必要なのだろうかとここで通っています。 ちなみに皆さんご存知のあのパウロの書いたフィレモンへの手紙という本当に短い手紙がございます。 で、聖書の一部になっておりますけれども、ま、それはそのフィレモンに対するおしの推薦上、そういう裁を解ますよね。パウロが書いたそれは、え、水薦上である、そういう風にも理解できると思います。 で、ここでパウロはその自己推薦やら推薦 上の話題を持ち出していくんですが 、それはなぜかと言うと、自分が主様に よって任命されて派遣された人である。 このことを明らかとするためでございます 。実はその第2章の14節のところから第 7章の4節までのところ実に長い箇所で ありますけれどもそういう箇所になってる んですね 。クリント協会がそのパウロの反対者ラー によって惑わされてでパウロの1色を疑い ましてでその家に異なる福印に走ろうとし ていたからでございます。 で、パウロの反対によって惑わされた コリント教会員たちは、え、第2章の16 節の後半、そして10何節が読まれるのを 聞くわけですね。そこにこう書いてあり ます。このような務めに誰がふさわしい でしょうか?私たちは多くの人々のように 神の言葉を売り物にせず誠実にまた神に 属するものとして神の見舞でキリストに 結ばれて語っていますとこう読まれるのを 彼らが聞く。 するとそれまたパウルの自慢し始まったと思うやもしれません。 それとパウロがこのところで推薦の話題を 持ち出しましたのはそのパウロの反対 者ラーがですね、自己推薦による自慢話と かあるいは偽の推薦上なんか でもう自分こそが1番偉くて立派なんだと そう思わせていたからだと思います 。おそらくその戦礼を受けた、あ、洗礼を 授けた人数なんかで彼らは競い合っていた んでしょうね。自分は何人に洗礼させたと か、私は何人に洗礼をさせたと競い合って いた。で、第10章の12節に彼らのこと が次のように書いてあります 。第10章の12節。私たちは自己推薦 するたちと自分を同列においたり比較し たりしようなどとは思いません。 彼らは仲間同士で評価し合い、比較し合っ ていますが、愚かなことですという風に 書いてございます 。で、そんなやかたちがいる一方で、ま、 正直自分たちは自己推薦はしないし、名の ある教会からの推薦上も必要としないと いうことでございます 。え、もし水線上出せというのであるなら ば、それはあなたたち自らが私たちの推薦 場だていうわけですね 。2節です 。私たちの推薦はあなた方自身です。それ は私たちの心に書かれており、全ての人々 から知られ読まれています。 コリント教会にとってはパウロこそが海の でございます 。コリント協会の始まりはパウロたちに よる開拓伝動でありました。ま、その辺り のことが首都現行録の第18章に証言され ていますから確認しておきたいと思います 。前の方に出ておりますのでそこをご覧 ください。 え、聖書だと首都現行の第18章になり ますけれども 、その後パウロはアテネを去ってコリント へ行った。ここでポントシ出身の明という ユデア人とその妻プリスキラに出会った。 クラウディウスが全ユダヤ人をローマから 退させるようにと命令したので最近 イタリアから来たのでパウロはこの2人を 尋ね職業が同じであったので彼らの家に 住み込んで一緒に仕事をした。その職業は テト作りであった。パウロは暗足日Bごと に街道で論じ、ユダヤ人やユジシャ人の 説得に務めていた。シラスと手モテが マケドニア州からやってくるとパウロは 御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人に 対してメシアはイエスであると力強く証し した。しかし彼らが反抗し口汚く罵しった のでパウロは服の地理を振り払っていった 。あなたたちの地はあなたたちの頭に 振りかかれ私には責任がない。今後私は 異法人の方へ行く。パウロはそこを去り神 を崇めるティオリストという人の家に移っ た。彼の家は街道の隣にあった。海道町の クリスポは一家を上げて主を信じるように なった。またコリントの多くの人々も パウロの言葉を聞いて信じ洗礼を受けた。 ある世のこと主は幻の中でパウロにこう 言われた。恐れるな、語り続けよ。黙って いるな。私が共にいるだからあなたを襲っ て機害を加えるものはない。この町には私 の民が大勢いるからだ。パロは1年6ヶ月 の間ここにとまって人々に神の言葉を教え た 。なのでコリントの群れ自身 がまたコリント教会員の1人1人 がパウロたちの推薦上であります 。つまりこのパウロ が主様によって任命されて派遣される人で ある。そのことを彼らはよく知っている 。そして主様 が精霊によっ てパウロたちの伝動の働きを用いて 作り上げてくださったのだということ。 そのこともよく知っている 。で、そういうコリント教会という推薦は パウロたちの心に書き移されています。 え、この心に書かれたということはですね 、ま、パウロたちが巡回伝動する時に、ま 、彼らの口を通じてコリント教会のことが 証しされるのならば 、まさにそのパウロたちの推薦場として 知らされ、読まれることになるということ です 。で、このことはコリント1の手紙では次 のように書いてあります。ま、そこがこの 2節の、え、解釈ということになるであり ましょう。え、コリントの1の第9章の2 節のところ 。他の人たちにとって私は人でないにして も、少なくともあなたがにとっては人なの です。あなた方は主に結ばれており、私が 人であることの生きた証拠だからですと。 そういう風にパウロはコリントの1の第9 章2節に書いてます。 主とパウロの働きによって生み出された コリント教会こそ がパウロが人であるということ。また主 イエス様が精霊によってパウロたちの伝動 の働きを用いて作り上げてくださったと いうこと。その何よりの証拠であり推薦上 であるということですね 。さて、本日特に注目したいのが3節で ございます。 あなた方はキリストが私たちを用いて おかきになった手紙として大きにされてい ます。罪ではなく生ける神のに石の板では なく人の心の板に書きつけられた手紙です 。この3節のところではその推薦上という のが、ま、手紙という風に言い換えられて います 。 で、この手紙という風に言い換えられることで、その手紙の内容がですね、え、パオルの 1色の水星に限らないと より豊かな容を差し示しすことになります。直の手紙を書かなくなって久しくなりました。デジタルの時代です。 ま、要件はメールとかLINEで済ます ことが多いと思います 。そんな時代だからこそであります。この 手紙と聞くとどこか新鮮に感じる私だけ でしょうか 。で、なんで手紙と書くのか改めて調べて みました 。 まあ、手紙が普通だった時代はですね、あえてその手紙の語言なんて調べることはなかったかと思いますけれども、え、ちなみに中国で手紙というのはトイレットペーパーのことだそうですね。 知ってるよ。知ってる。 うん。え、だから手紙くださいって言うとトイレットペーパーがくれるんですかね。 じゃあイに行った時手紙くださいっていうのが中国でトイレットペーパーだったら ね。あ、ま、それはさておいて。 え、手紙の語言を調べてみました。そうしますと、え、手紙の手、これは書いたもの、それを意味するそうです。で、紙、これは書くための素材。それを意味するとことになりました。 ちなみに昔はですね、その手を送る、手を 送るっていう風に表現したそうですね。 これが手紙を送るという意味で使われた そうです。手を送る、手を増定する 、手を送るとても素敵な表現かと思います 。で、書くための素材についてであります けれども 、パウロたちが生きた古代ローマ社会に おいては、例えばパピルスに足の茎で作っ たペンで書きましたり、あるいは用皮士と 、え、羊の皮ですね、それに書いたりし ました 。あるいは目販にローを塗りまして、で、 スティルという鉄筆で書いたりしたそうな です。 なのでここでパウロが言ってるのはその パピルスかよの手紙ではないかと思います 。で、このキリストが私たちを用いておき になった手紙の箇所でありますけれども、 もう1つ翻訳が可能なんですね。 え、教会共同 薬翻訳を採用しています。別の翻訳であり ますけども、新度役はこの私たちが使っ てる新度役はこのご覧のようにキリスト、 これが守護でありますね 。ま、その教会共同薬では私たちが守護に なっています 。私たちが書いたキリストの手紙っていう してるんですね 。で、ま、いずれが正しくて間違ってるか という問題ではなしにこうやって翻訳を 読み比べることをすることでその御言葉の 持っている実に豊かな意味ですか、読み ですか?それがま、可能となるわけですね 。つまりこのところで は主キリストが主とパウロたちを用いて おきになった主キリストの手紙、それが コリント教会だということですね。 さらに言います と教会ばかりではございません。四日市 教会にも当てはまります。そして今日的に 言いましょう 。我ら主キリストが聖主の御言葉の朗読 特に石を用いておきになった主キリストの 手紙。そういう風になります。我ら主 キリストが聖書の御言葉の朗読特に説教を 用いておきになった主キリストの手紙。 これが私たち四日市教会にあるということ ですね 。で、私たちは手紙は手紙でも決して完結 している手紙ではございません。 え、クリスチャンが書く手紙ですと主に ありてという言葉でよく結ばれますね。 栄光在主とか財主とかそういう言葉で結ば れますが、ま、一般には敬とか早々 でしょうかね 。で、なん 、今この時こそ、今この礼拝式でこそ主耶 エス様は御言葉の説教を用いて節世と手紙 をおかきになっている 。当時手紙というのは隅、つまりこれは インクでありますけれども、ま、パピス ない容皮士に書かれました 。でも今は主 様生ける神の霊つまりご自身の見た精霊に よって私たちの心の板に書きつけておられ ます 。で、ここでパウロはですね、その パピルスとか洋のことではなしに石の板の ことを言っています 。で、人の心というのはこれ直訳しますと 肉のことなんですが、ま、柔らかいお肉の ことですね 。なのでこの箇所で石の板とか人の心の板 とこうパウロ書くことで彼の心にはあの エレミアとかエゼキエルの予言があったの ではないかとそういう風に言われています 。まずエレミアの予言でありますが、 エレミア書の第31章の33節この前に 薄してくださってますけれども 、しかし来るべき日に私がイスラエルの家 と結ぶ契約はこれであると主は言われる。 すなわち私の立法を彼らの胸の中にいけ、 彼らの心にそれを記す。私は彼らの神と なり、彼らは私の民となる。あるいは エゼキエルの予言であります。エゼキエル 書第36章26節27 節私はお前たちに新しい心を与え、お前 たちの中に新しい霊を置く。私はお前たち の体から石の心を取り除き肉の心を与え。 また私の霊をお前たちの中に置き私のに 従って歩ませ私のさきを守り行わせると こうございます。ま、こういった予言が パウロの心の中にはあったのではないかと 。そう言われています 。で、こういった予言はですね、ま、 要する に精霊によって心が作り替えられる時代が 来るんだという、そういう予告ですね 。で、心というのはこれ人間性の中心で あります 。なので精霊によって心が形づくられ、え 、作り替えられることでもう人間性の全部 、つまり人間存在の全部が作り替えられる そういう時代が来るという、そういう予告 でございます 。とりわけ精霊が御言葉を用いてですね 。で、こういった予言っていうのは 主耶エス様がおいでくださるこのことで 実現いたしました 。そして今主イエス様は天井の王山に いらっしゃいますけれども 、主イエス様私たちに精霊を豊かに削がれ て、え、聖書の御言葉の朗読特に説教を 用いて私たちという手紙を接せと書き進め ておられるのであります 。で、主イエス様による手紙の出筆という のは私たちを思うのがこの地上の人生を 終える時まで続いてまいります。ま、教会 全体で言いますとこの世が終わる時まで 続いてまいります。主イエス様の手紙の 出筆活動はずっと続いていく 世ので私たちは、え、主の日ごとに上礼の ためにここに集まってまいります。 そしてここに集まる旅ごとに私たちという 手紙は大やけにされてまいります 。さらに私たち1人1人がこの1 週間主様によって派遣される先々で大きに されてまいります 。そして周りの人々に知られ読まれること になるわけですね 。なので我らはもう耐えず公開されている 主キリストの手紙です。所管ですね 。なのでこのようにおきまして は隠れクリスチャンでは折れないわけです 。我ら公開されている主キリストの手紙で あるということはあの主イエス様の参条の 説教にも続てまいります。主イエス様こう おっしゃいました。マ福印書の第5章14 節から16節です。 あなた方は世の光である。山の上にある町 は隠れることができない。またとしみを 灯してマの下に置くものはいない。食大の 上に置く。そうすれば家の中のもの全てを 照らすのである。そのようにあなた方の光 を人々の前に輝かしなさい。人々が あなた方の立派な行いを見てあなた方の天 の父を崇めるようになるためである。主 イエス様はおっしゃいました。このことに 通じてます。 そうしますと、この3節で手紙と言いられ ますことで、そのパウロの一色の推薦に 限らないでより豊かな内容が言われている ということが分かってまいります。で、 もう少し具体的に今度は聖書全体に基づい て天井の主耶様が精霊によって御言葉の 説教を用いておきになっているその内容、 これについてご一緒に考えてみたいと思い ます。で、その際にウエストミニター小 距離問答の問の89、これを手がかりと いたします。では問の89行読いたし ましょう。え、答えをお読みください。問 89 御言葉はどのようにして救いに有効とされるのですか? 神のが言葉の朗読特に御言葉の説教を罪人に罪を自覚させて開心させさらに彼らを信仰によって慰めのうに立て上げ救いに至らせる有効な手段とされます。はい。 え、神の見た、ま、精霊はですね、御言葉 の説教を用い てで、私たちに罪を自覚させて食い改めと 導いてで主キリストに信頼させ、復従さ せることで で、やがてこの地上に完成する神の国々へ と着実に導いてください 。要するに主イエス様が精霊によって 御言葉な石教を用い てねで自らの罪を食い改めて主イエス キリストに依存する人間として作り上げて くださる。このこと が主イエス様による手紙の主な内容という ことになってまいります 。クリスチャンというのは主様の家に罪 許された罪人でございます 。食いては罪を貸し、食いては罪を貸す。 誠に汚れた存在です 。しかし精霊がれて いるなの で罪を犯してで御言葉によって罪を指摘さ れたのなら ばそれに反発すること なく自分の罪を素直に認め て天のお父様ごめんなさいと素直に謝って 十字架と復活の主様に依存 する私あの四国のあのごめんよというのは あれは架空のかと思ったんで本当にあるん ですね。ごめんなさいね。ごめんよって いうね 。天のお父様にごめんなさい。謝るで 十字架と復活の主様に依存する 。で、このことをこの地上の人生によって 繰り返していく 。罪を犯しては食い改め。罪を犯しては 食い改める 。 実はそのことの繰り返しが主耶エス様が精霊によって見葉を用いて手紙の出筆活動を続けているということ何よりの証拠でございます。 うん。 罪を食い改めて主耶エスキリストにただただ信頼する人間として生きてこそ我ら主キリストの手紙でございます。 そういう生き方を周りの人々が知って読む ことになるわけですね 。ああ、クリスチャンちゅうのは倫理的 同徳的に立派で私なんか足元にも呼ばない 存在なんかではないんだな 。私と同じなんだな。私と同じ罪人でただ 聖書の御言葉によって罪を罪と認め ただただ十字架と復活の主イエス様 に寄りすがって生きている存在なんだなと 周りの人が知るようになる 。ま、そのように精霊によって生かされる こと で私たちを通して主な神様の救いの見て が隣人に届けられていくこのことを切に 願いたい。そのように願うことであります 。祈りましょう 。復活のシエス よ罪汚れゆえに悪習のする私のもなりまし たが清い霊によってあなたと結びつけて くださることであなたの良い香りとけ あなたを知るという知識の香りを放つもの としてください。心より感謝いたします 。明今週もあなたによって派遣される先々 で自らの罪を食い改めてあなたに よりすがる生き方でいよいよあなたの良い 香りを話すことができますよう にこの世出会う隣人が私もという手紙を 知り読むことであなたによりすがって 生きることの素晴らしさを知ることができ ますように何よりその人があなたに よりすがることへと導かれて天皇の 父を崇めて生きるものとなることができますようにあなたの清入れ見たが今週も豊かに働いてくださいますように心からお願いをいたします。主の皆により感謝して祈ります。 あーメン。あメ。 では賛美化の500 番を持ってる神特に精霊のル神を賛備しその後生産の恵みに預かります。 ご記立できる方はご記立ください。 を取り行います。 ります。 変身の収支として金を下げいたしましょう。ご報をよろしくお願いいたします。 私たちを罪による滅びから永遠の命へと 導いてくださいました主なる神様あなたの 皆を心から褒めたいます。5月 の第1週の 日曜日私たちが1つところに集まり心を1 つにして神様を共に褒め立え礼拝する 大きな喜びをお与えくださり心から感謝 いたします。また今日 は幼児洗礼式とまた生産式 の大きな祝福の恵みをいただくことができ まして感謝いたします。どうぞこの 週私たちが救われた大きな喜びと感謝 と平安を持っ て神様に使え 、またキリストの香りを放つことができる ものとしてくださいますようにお願い いたします。ただいまにお捧げしました金 は神様からいただきます溢れるお恵の一部 です。どうぞ神様のご用のために清め てお使いください。この献の感謝のお祈り を私たちの時救い主イエス様の皆を 通いします。あーメン。 では本によりましてご申し上げます。個人的な情報を含むごまた、え、待ちほどいたします。え、まず本日の集会でございますが、午後の 1 時半から定期紹介、そしてその後定期会がございます。 え、週刊の集会、え、5月7日、え、午前 10時からと午後の6時半から聖書の学び というの会通常通議を行います。え、右の ページに参りまして報告の欄でございます が、え、本日午前数キャm労は足をつから 連動所に出張です。仲回大会関連で本日の 4日からですね、6日の火曜日にかけて 全国青年、え、リトリートが行われます。 えっと、次回吉野日でございますが、5月 の11日、え、ユスクラスがあります。 通常通り9時半から行います。朝の礼拝式 、え、もそこに記した通りです。また午後 の1時半からみんなの礼拝で子供の教会と 合同で、え、礼拝式を守ります。え、桑名 では、あ、今日に引き続き中が報です。 またお祈りください。何か皆様の方でご 連絡とかありますでしょうか?はい、 どうぞ。 えっと、あの、目の現稿ですけど、先週 締め切りましたけど、また8つぐらいに 出そうですので、あと1週間、え、 締め切りを伸ばさせていただきます。あ、 どうしようかなって言って締め切りが来た という方は是非この1週間頑張って、え、 書いていただいて書いた質疑まで、え、お 送りください。え、で、お茶の後、え、 教育委員会も少しで、よろしくお願いし ます。はい。他によろしいでしょうか? はい。 じゃ、また、え、礼拝してからします。それでは小映の 542 番三市頭構想を持って朝の礼拝式をあります。どうぞご立ください。 飾りてえ よ みさえ尽きせぬ神 を あめん 。イエスは重ねて言われた。あなた方に 平和があるように、父が私を司しになった ように私もあなた方を司す。そう言って から彼らに息を吹きかけて言われた。精霊 を受けなさい。だから安心していきなさい 。勇気を持ちなさい。弱い人を助け、 苦しむ人に手を貸しなさい。全ての人を 飛びなさい。主を愛し、主に使え、精霊の 力によって喜びなさい。 主があなた方を祝福し、あなた方を守られるように主がカを向けてあなた方を照らし、あなた方に恵みを与えられるように、主が美をあなた方に向けてあなた方に平安を賜るように主イエスキリストの恵み、神の愛、精霊の交わりがあなた方一道と共にあるように。 あーメン。
説教「われら、主キリストの手紙」長谷川潤牧師
コリントの信徒への手紙二 3:1~3
