高野 寛 / EXTRA EDITION / 夢の中で会えるでしょう(Single Version)
高野 寛(たかの ひろし、1964年12月14日 – )は、日本の シンガーソングライター、
ギタリスト、編曲家、音楽プロデューサー、俳優。
静岡県三島市出身。血液型はB型。身長177cm。静岡県立浜松西高等学校、大阪芸術大学芸術
学部芸術計画学科卒業。
2013年より京都精華大学ポピュラーカルチャー学部特任教員。
代表曲に「虹の都へ」「ベステン ダンク」などがある。
影響を受けた主なアーティストは、トッド・ラングレン、ビートルズ、YMO、忌野清志郎等。
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1994年10月26日 『夢の中で会えるでしょう』TODT-3317
※夢の中で会えるでしょうは、もともとザ・キング・トーンズへの提供楽曲だったが、諸般の
事情で高野のセルフカヴァーが先にリリース。
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活動
父親は営林局に勤務の国家公務員で、デビュー後に父親が企画した「森林保護基金」の
チャリテイー・コンサートに出演したこともある。
小学校5年生から中学1年生の頃に、当時の静岡県で一番人口密度が低い田舎町に住んでいた。
中学生時代からギターを始める。
静岡県立浜松西高等学校の1年生の時、学校の応援団(応援委員会)に本人の意志に反して参加
したところ、野球部が夏の大会の静岡予選の決勝まで進出し、決勝戦の応援をした。
高校2年生からはブラスバンド部に加入する。
高校時代からバンドを組んで、ベース・ボーカルを担当、またデモ・テープを作りはじめる。
大阪芸術大学芸術学部に在学中の1986年に高橋幸宏、鈴木慶一主催の「究極のバンド」
オーディションに出場し、見事合格。
この時、同オーディションを受けていた音楽家に、青山陽一を擁するGRANDFATHERSや、
後に『Bomb A Head!』などをヒットさせたm.c.A・Tらがいた。
オーディションの本来の目的であったバンド結成は結局立ち消えになったものの、これを
きっかけにビートニクスのツアーにギタリストとして参加することになる。
ちなみにこのツアーメンバーには、ビートニクスの2ndアルバムにアレンジャー・キーボーディ
ストとして参加していた小林武史や、後にソロデビューする鈴木祥子がいた。
その後、1988年に高橋幸宏プロデュースのシングル『See You Again』でデビューする。
1990年発表のトッド・ラングレンプロデュースによるシングル『虹の都へ』がオリコン2位を
記録、日本テレビ『歌のトップテン』にもランクインし、続くシングル『ベステン ダンク』
(同じくトッド・ラングレンプロデュース作品)もヒットし、コアな音楽ファン以外にも広く知
られる存在となる。
1995年1月から3月にかけて、TBS系列のテレビドラマ『揺れる想い』(南野陽子主演)に
青年実業家の神野光雄役として出演し、同年4月から1年間、NHKのトーク番組
『土曜ソリトン SIDE-B』の司会を緒川たまきと共に務めるなど、ミュージシャン以外の活動も
行う。
ソロでの活動の他、1992年の田島貴男をはじめとして他のミュージシャンとのコラボレー
ションも多い。
ギタリストとしては、1994年に坂本龍一のワールドツアーや、2003年に宮沢和史のヨーロッパ
ツアー、2004年の南米ツアーに参加し、その他にもテイ・トウワ、中村一義、CHARA、YUKI、
スキマスイッチ、BONNIE PINK、クラムボン等のアルバムでギターをプレイしている。
2001年には、Nathalie Wise(BIKKE、斉藤哲也)にギタリスト/ヴォーカリストとして加入。
2005年、原田郁子、tatsu、坂田学らと共に、メンバー全員の血液型がB型という異色バンド、
4Bを結成。
同年9月4日、狭山稲荷山公園で行われた『HYDE PARK MUSIC FESTIVAL』でのライブが起点と
なり、氏自身が敬愛する細野晴臣のプロジェクトバンド、東京シャイネスにギタリスト・
コーラスとして参加。
2006年からは宮沢和史ソロツアーのメンバーにより結成されたバンド、GANGA ZUMBA
(ガンガ・ズンバ)のギタリストとして、2007年には、高橋幸宏の呼びかけによりpupaの
メンバーとしても活動している。
他のアーティストへの詞や曲の提供、アレンジや音楽プロデューサーとしても活動。
鄭有傑(チェン・ヨウチェー)監督の短編映画『シーディンの夏』の音楽監督を務めたことも
ある。
音楽プロデューサーとしての代表作に、小泉今日子『厚木I.C.』、SUPER BUTTER DOGの
『サヨナラCOLOR』等がある。
ソロでの活動として高野 寛名義以外に、2006年から、HAAS名義(自身が敬愛する写真家
Ernst Haasの名に由来)での活動もスタートしている。
2007年5月19日、YMOの3人がHAS名義で行ったパシフィコ横浜国立大ホールでのチャリティ・
コンサート『Smile Together Project Special Live 2007』にサポートメンバーとして参加。
2008年、ソロデビュー20周年を機にユニバーサルミュージック / MILESTONE CROWDSレーベル
に移籍、シングル『LOV』を発表した。
8月10日、夢の島公園陸上競技場で開催された『WORLD HAPPINESS 2008』にpupa、
GANGA ZUMBAのメンバーとして、またHASYMOのサポートメンバーとして、それぞれ
参加した。
2009年でソロデビュー20周年を迎えた。8月9日、夢の島公園陸上競技場で開催された
『WORLD HAPPINESS 2009』にソロとして登場。またpupaのメンバーとしても参加した。
2014年、アートプログラム『Moving Distance:2579枚の写真と11通の手紙』
(主催:東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)、豊島区)に、3月2日のライブアクトと
して参加。
参加作品は、幅広い音楽知識に裏打ちされた上質な作りで多くのアーティストたちに強い影響を
与えている。
細野晴臣・坂本龍一・鈴木慶一・高橋幸宏・忌野清志郎 / 宮沢和史・テイ・トウワ / クラムボン
・ハナレグミ・中村一義 etc…との世代を超えたセッションは、多くのミュージシャン達から
信頼される存在であることを物語っている。
2009年発表のソロデビュー20周年記念アルバム『Rainbow Magic』は2009年12月12日付の
朝日新聞紙上で音楽評論家・小倉エージが選ぶ2009年のポピュラーミュージック「私の3点」の
内の一枚に選ばれるなど、高い評価を得ている。
2008年から開催されている野外音楽イベント『WORLD HAPPINESS』には毎年ソロや
pupa、GANGA ZUMBAなどバンドのギタリストとして最多出場を果たしている。
初回の『WORLD HAPPINESS 2008』では、高野がGANGA ZUMBA・pupa・HASYMOと
3ステージをかけもちするのを揶揄して、GANGA ZUMBAのボーカル宮沢和史は客席に
向かって「高野寛祭りへようこそ!」と呼びかけた。
ソロでは2009年、サブステージに出演。「虹の都へ」「夢の中で会えるでしょう」などを
披露した。
また同イベントには高野のデビューのきっかけとなった「究極のバンド」オーディションに
かかわっていた面々が多く登場していた。
THE DUB FLOWERのいとうせいこうはオーディションの司会だったという。
2011年には再びソロとして出演。「君に、胸キュン。」のカバー等を披露した。
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