大明神沢出合のデブリを越えて毛勝谷に入ると、斜度が出てくる。ガスにまかれ始めた谷の上部から、先行パーティーの叫び声が何度も響いてくる。見上げれば、スキーヤーたちが、崩落してくるブロックを避けて右へ左へと逃げまどっている。確かに谷沿いにはデカい雪のブロックやら落石やら、なぎ倒された針葉樹がむくろのように累々と転がっている。

そうこうするうち、連続して「ラ~クッ!」のコールが響いたかと思うと、相当な速度で雪のブロックが突進してくるではないか。これはたまんない。時折、敵は不規則にバウンドして予測を裏切る。あな恐ろしや。「恐ろしや」が「恨めしや」になってからでは遅いのだ。

夢かうつつか、ガスに巻かれた毛勝谷上部の切り立った雪渓歩き。ピッケルを雪面に突きながら一歩一歩の喘登である。

ボーサマのコルにひと息入れ、いよいよ夢の毛勝山ピークに立った。

<釜谷山>

ボーサマのコルに戻り、南峰を越えて釜谷山へ。雪庇が派手に発達していて、地形図と地形とが全くもって合致しない。11年前の大日岳の文登研の雪庇崩落事故が頭に離れない私は、いきおいルート取りに臆病になる。私の友人も厳冬期の穂高稜線で雪庇に事故って肋骨を折った。命拾いしたのが奇跡そのものだった。

稜線に出現したブッシュ歩きと、その脇の雪稜歩きとの得失を計りつつ、きわどい雪庇を歩く場面もある。クレバスが大きく口を開けていて壮絶。雪のブロックも、ちょっとしたビルのサイズだったりするから、スケールがデカい。

大きな雪壁を登り、小さなコブを越えて釜谷山に立つ。セルフタイマーで二人して記念写真に収まると高揚感ひとしお。だが、この先まだ不安な地形もある。気を引き締め直してスタートするその瞬間、陽光に溶けかけた新しいトレースを発見。

<猫又山>

「案ずるより産むが安し」とはよく言ったものだ。現金なもので、やにわに心うきうき。斜面を駆け下り、ヤブを越えて猫又山とのコルに立つ。チュリリリと鳴くのはイワヒバリか。猫又山を目指して雪壁を登ると、ハイマツの中で雷鳥がゲロゲロ鳴いた。

長いのか短いのかよくわからない時間感覚に包まれながら、ようやく念願の猫又山へ。いや、意外にあっさり山頂に立てたのかもしれない。T氏はこれが三度目の猫又山だというから強者だ。

それでも、一度も猫又には出会ったことはないと言う。ここは剣岳の展望地なのに、眺望のないのは残念。「たられば」で言うなら、後立から富山湾まで、完璧な眺望を欲しいままにできるのに。

あっさり猫又山の山頂に別れを告げて大猫尾根を目指す。二度もルートミスしながらハイマツをくぐると、巨岩群を見て急降下していく。

頃合いを見て、猫又谷右又に「えいやっ」と飛びこむ。途端、満を持してぶ厚いガスが切れて青空がのぞき始めた!足元がすぽ~んと抜けて広大なU字谷が見えてくる。自分たちが、一体どこに立っているのかを瞬時に理解する。ここは長大な滑り台だ。足元がすーすーする。

一気に下っては勿体ない・・・とばかりに時間をかけて長尺な雪渓を堪能する。遥か下方に雪渓を割って雪解け水が流れ出す様子が、おとぎの世界だ。

振り返り、振り返り、猫又谷を下っていく。どこか日本離れした光景だ。両岸のダケカンバや針葉樹の岩壁もどこか目に優しい。山菜摘みしながら川沿いを下ろう。途中、左岸に見えた林道に乗り換えて歩けば、キビタキがチンチロリンだ。T氏が「キビタキはブナ林の主役なんだよ」と名解説員を務める。ニリンソウの白も乙女チックで清楚だ。

片貝南又発電所の手前で、青空の猫又谷に別れを告げる。巨大な洞杉に畏敬の念を抱いて歩く。そして、無事に薄闇のゲート前に佇むマイカーにランディングだ。

風呂に入り、飯を食いながら、じわじわと甘美な達成感に包まれる。毛勝三山周遊は十年越しの夢だった。