吉永小百合 デビュー65周年で「よくここまで歩いてこられた」

よくここまであの歩いて来られたっていう 風には自分で今思って ます65周年とかそういう風に言ってあの こういうようなねイベントをあのやって くださるっていうことだけでもなんか とても緊張してしまいますしまよくここ まであの歩いてたていう風には自分で今 思ってますえ1960年吉永ささんが 初めて日活に入ってはいもう本当にすぐに 撮影に入った赤木一郎さん主演の拳銃ブラ 町電光石果の男の時のその頃の日活撮影所 の雰囲気などお話しいただけれたと思い ます父のあのとても仲良くしていた学生 時代の友人が宣伝部長をして石石神さん それであの本当はなんか東映からお話が あったんですけれども東映だとちょっと 薬剤映画とかねそうあのアクション映画が 多かったのでじゃあうちに来ればいいじゃ ないかっていう風に言っていただいて日活 に行くことになったんですところが私あの 小学校中学校と赤道鈴之助とか色々なあの 作品に出ておりましてま高校に行ったら 一生懸命勉強しようという風に思思ってた んですねで も高校の入学式の日に日活の撮影所に行く ことになってあの学校の帰りっていうか 学校途中で中退してそして衣装を変えて 日活の撮影所に行ったことを今も覚えて ますはいそれで日活にあの年間2本出れば いいって言われたんですけれどもなんと なんとこの次の年になったら16本も出 たりしてはいほとんど学校に行かれなく なってえ残念ながら学校の方はダメになっ たんですけどでもあのここにも書いてあり ますけれども日活というところが私のある 意味の学校になったっていう感じでした 今日ご来場のお客様にねえなんとね吉永 さんに聞きたいことていうことで事前に アンケートに解といいきまして今日も夫婦 で来ていますこんにちは母さんが123本 目の出演作だったと か思いますが124本目期待していいです かえちょっと今準備中なんですけど 製作会社が絶対言っちゃだめだっていうの ですみませんけどちょっと今皆さんにお 知らせできないんでお許しくださいえ きっと素晴らしい映画になると思ってあの ていこうと思いますありがとうござい ます映画俳優でなかったら今頃どんなこと をしていたでしょうかいややはり今後も 素敵な映画女優として一等生として輝いて くださいそうですねあの私の家族はあの 教員とかあのそういう仕事をしてる人が 多いんで私もあの小さい頃は幼稚園の先生 か学校の先生になりたいと思っていたん ですけれどもまこういう道を歩いてまこれ からもまそうなると思いますしうんあの 学校の先生だとちょっとひきしてあの ちゃんと教えられないかもしれないし ちょうどあの学校の先生の役もやってます けれどもこの仕事ををずっとやることが できてよかったと思ってます

俳優の吉永小百合が24日、東京都内で行われた映画デビュー65周年記念企画「吉永小百合青春時代写真集」(文藝春秋)の発売記念特別上映会イベントに登場。自身の芸能人生を「よくここまで歩いてこられたと思います」としみじみ振り返り、思い出話に花を咲かせた。

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